「魅了」は「罪」になりますか?①
腕を強く掴まれ膝をつかされる。「聖女」の制服である白い作業着が汚れてしまうなと頭の片隅で思ったけど、そんなことを気にしているのは私だけだろう。
砦に突然現れた王子……はいつものことだけど、その唯ならぬ雰囲気に周りはざわめいていた。最近異世界から「召喚」されてきたのだという少女をあちこちに連れまわしているという話は聞いていた。その少女――「神の落とし子」は非常に強力なスキルをいくつも持っていて、王子のお気に入りなのだとかなんとか。最初はそれを聞いて私も安心していた。これで王子が私に結婚しろだのなんだの迫ってくることもなくなるだろうと思ったから。
けれど事態はそれよりずっと悪くなった。砦に視察に来た王子と神の落とし子に見られた瞬間怖気が走った。嫌な予感がしてとっとと戻らせてもらおうと思ったのも束の間、コソコソと何かささやきあった彼らは護衛に命じて私を拘束してきた。そしてこの砦の前の広場に砦で働いている全員を集めたのだ。
「皆の者!よく集まってくれた。ここにいるは『神の落とし子』ニーナだ。彼女は神から大いなる力を与えられ、これまでにいくつもの悪事を暴いてきた。そしてたった今、この砦に潜む悪魔をも見つけ出したのだ!」
王子の大仰な声はよく響く。ニーナとやらは王子の背に隠れるようにしていたけど、こちらをにらみつけているので敵意はひしひしと感じ取れた。王子の言う「悪魔」が誰なのか、この場では一目瞭然だ。視線が突き刺さって痛い。
そして私には心当たりがあった。それを顔に出してしまったのだろう。王子はにやりと笑む。
「『聖女』ステノ・マシュー。いや、偽聖女と言ったほうがよいか。神の落とし子のスキルはすべてを暴く。貴様のその醜悪な『魅了』スキルをもな!」
「……っ」
王子の言葉に周りはざわめいた。
「魅了」――それは禁忌のスキルである。他者を魅了し、侍らせ、意のままに操る。過去に国を傾けた美女や娼婦などがこのスキルを持っていたと言われている。
実際、自分のスキルはともかく他人のスキルを見ることはできないので事実かどうかはわからない。ただし、他人のスキルを見るスキル――「スキル鑑定」スキルで見れば私がこの「魅了」持ちであることははっきりとわかるだろう。きっと神の落とし子は「スキル鑑定」を持っているのだ。「魅了」並みの超レアスキルだから、神から大いなる力を与えられたと豪語するのも納得だ。
いや、納得している場合ではない。兵士たちは「聖女様が『魅了』スキルを……?」「では我々は操られていたということなのか?」「聖女様が否定をしないということは……!」と疑いの視線を向けてくる。弁明するチャンスはここしかない。意を決して口を開く。
「確かに私は『魅了』スキルを持っていますが、決して悪用など――」
「認めたなッ!偽聖女、いや、悪魔め!」
その考えは甘かった。私が認めた瞬間、ざわりと空気が変わって王子は私を糾弾してきたのだ。
「殿下!お聞きになってください!私はっ」
「悪魔の言葉に耳を貸す道理などない!貴様との婚約は破棄する!『魅了』の力で男たちを侍らせただけではなく、王妃の座をも狙おうとするなど汚らわしい!直ちに追放せよ!魔物に食わせてしまえ!」
「違います、痛っ!離して!」
抵抗しようとしても屈強な護衛に腕を掴まれ、引きずられてしまう。砦の兵士たちは誰も私を助けようとはせず、それどころか王子と同じように汚らわしいものを見る目をこちらに向けてきた。
これまで、あんなに一緒に戦ってきたのに。この前線を突破されないことだけを考えて必死に、みんなでやってきたのに。
――聖女ステノ、いいかい。『魅了』の力があることを誰にも言ってはならない。私も君をかばうことができなくなる。
聖女として砦に派遣されたとき。自分の力が「魅了」でしかないことを訴えたときに司令官に言われた言葉を思い出した。真実だった。誰も彼も私が悪いと決めつける。ただ、「魅了」スキルがあるというだけで。
絶望の中、私は砦の外――強大な魔物たちが襲い来る「死の地平」に放り出されたのだった。