第32話-5.最後の追い込み
桃瀬さんと大沢さんの連絡先を交換してから一週間が経った。この日、いよいよ彼女たちがやってくることになった。
僕と結香は、練習場所で桃瀬さんと大沢さんが来ることに関しての打ち合わせをしていた。
「今日から来るのよね」
「うん、来たら色々教えてやって、今までの曲の振付とか、歌い方とか」
僕は二人の指導は結香に任せるつもりだ。前に一緒に練習していた時、いい雰囲気だったので。
「教えられる範囲でね。歌い方はあたしもまだ勉強中だし」
「そうだったな」
結香と指導内容を確認した後、僕は桃瀬さんと大沢さんを迎えに行くために駐車場へ出た。
「こんにちは、遅くなってすみません」
「こんにちは、同じくです」
「こんにちは、結香が待ってるから行こう」
僕は二人を結香のいる練習場所に案内する。
「吉田さん、無事GOD BRIGHT、辞めることができました」
「それはよかった」
「あんなところにずっといても私たちがつぶれて終わりだからね」
つぶれて終わり……と、大沢さんはそう訴えるが、それだけ厳しかったということか。
「だから、このグループに来れてこれからが楽しみです」
「北原さんは優しかったです」
桃瀬さんと大沢さんは、楽しみにしてくれているようだ。これは二人を悲しませてはいけないな。
「あと、この前いた黄桜さん、運営やめましたよ」
「え? そうなの?」
「あの人もヤバいってことに気付いたのよね」
話をしているうちに練習場所へたどり着いた。前のグループで辛い思いをしているようだからこれからは彼女たちに苦しい思いをさせてはいけないと思った。
「結香、桃瀬さんと大沢さんが来たよ」
「北原さん!」
「よろしくお願いします!」
「こんにちは。じゃあ、早速はじめようか」
桃瀬さんと大沢さんも元気よく返事をした。ここから二人のことは結香に任せよう。そして、二人が加入するとなると彼女たちにも当然曲が必要なわけで……。と僕は隣の部屋に行こうとした。
「ちょっと待ちなさいよ!」
「結香!?」
「直くん、この子たちの素晴らしいダンスを見てみようと思わないの!?」
「お、思います」
僕は後でどうなるかと思ったら怖かったので返事をしてしまった。
ダンスが素晴らしいのは以前も見たから分かっているが、今回はそれがさらに上達されているのだろうか?
「この前あたしの曲の振り付けを教えたんだけど、まずはもう一回おさらいしてみようか?」
「はい」
「私は覚えてるし、いいですよ」
「でも一応、動きの確認だけでもしたいからさあ」
「……わかりました」
大沢さんは納得して返事をしたけど、なんかツンツンしてるよな。
ここからは前回のおさらいをしていった。でも二人ともダンスを大体覚えていて、おさらいはあっという間に終わった。
「北原さん、ちょっと不安だったんだけど、覚えてましたよ」
「このくらいはできないとね」
桃瀬さんも大沢さんも二人ともそれぞれの反応を見せる。二人の反応は全く違う。個性があっていいぞ。
「よかった。一回曲で通して踊ろうか? 直くんはどう?」
「僕も見てみたいと思う」
「じゃあ早速行ってみよう!」
結香は彼女の持ち歌である『Look At Me More』をかけた。
二人は上手に踊っていた。特に上手な所はやはりキレがあるところか。手を伸ばした時、ピンと伸びている。そして何より二人の動きが合っている。これはすごい。期待の新人って言えばいいのだろうか?
やっぱりうちのアイドルたちは遠慮していた。もし桃瀬さんと大沢さんがカフェファクトに入ってきたら、どうしても彼女たちに目が行きそうだ。
ダンスが終わった桃瀬さんと大沢さんは順番に感想を述べた。
「わあ、楽しかったです」
「北原さんはいい持ち歌を持ってると思います」
「ありがとう、持ち歌を作ったのはこの人よ、直くんもありがとうって言いなさいよ」
「褒めてくれてありがとうございます」
結香は服をつまみながらお礼を強要する。ちょっと強引だぞ。
「二人ともすごく上手! 手がピンと伸びていたし。あたしたちも踊りに慣れてきたら手とか伸ばすけどね」
結香はそういうが、最初メリハリのないダンスを踊っている点は我々の反省するところだ。でも本番はしっかり踊ってるはず。たぶん。
「本当に、上手く踊ってたな」
「そうよね」
「これは先が楽しみだな」
僕は率直にそう思った。結香も隣でうなずいていた。
「私も楽しみです!」
「これから頑張っていきますのでよろしくお願いします」
桃瀬さんは感想を述べて、大沢さんは意気込みを述べていた。
これは桃瀬さんと大沢さんにも早くライブをやらせてあげたいなと思う。
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お盆は連休も用意したが、お盆を明けてからは各自で追い込みが始まった。
結香は新人を教えつつ彼女も持ち歌『Look At To Me』の練習を進めている。また、全体でも合わせなくてはいけなく、彼女にとっては厳しい練習になっている。そんな中でも僕と話すときはなぜか笑顔で接していた。
「直くん」
「練習はどうなんだよ」
「桃瀬さん達が上手だから、あたしも自分の練習ができる」
「それはよかった」
「でも忙しいよ。直くんも忙しいでしょ?」
「う、うん、まあ」
意外にも僕は暇である。作曲がひと段落したらあまり用がなかった。やることと言えば随時ホームページを更新したり次のライブの準備だ。チラシを刷ったりとか、タイムスケジュールの管理とかだ。だけど結香には『はい』と言わなければ怒られるので『はい』と言おうとしたのだが……。
「び、微妙な返事だね」
「いや、することは色々ある」
「そうなの? がんばってね」
「がんばるよ」
意外と何も聞かれなかったな。僕はもう少し練習の様子を見させてもらった。一緒に帰る予定の宇音は遅くまで残って練習すると言ってるため、僕も遅くまで残らなくてはならない。
宇音が残って練習している間、僕はライブの準備をしていた。
「直之さん、帰ろうよ」
宇音の練習が終わったのか、彼女はこちらの部屋まで迎えに来た。
「宇音、練習どうだった?」
「うん、今日も恥ずかしかった」
「まだ慣れないのか」
「うん、すぐに慣れるものではないよ」
宇音はそう言うと手を口に当ててそれを僕に向けて投げてくる。
「直之さんの前ではできるんだけどね」
「何でここで出来てみんなの前では出来ないんだよ」
「何か恥ずかしくて……」
「何でだよ? 本番はもっとたくさんの人にしなければならないのに」
「ひええ……」
宇音は凍える仕草をしてくる。こういうのはかわいいと思う。
「家で練習しなくちゃ。今日は鏡の前で練習してくる」
「……分かった」
僕の前で練習するんじゃないのか? 宇音の今までの態度から推測するなら、このダンスを僕の前で練習するかと思ったんだけどな。
でも鏡の前で練習するということは、自分の踊りをチェックするっていうことだろう。
宇音もライブに向けて本気になってきたんだな。
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そして本番当日、何人かを残して控室にいた。桃瀬さんと大沢さんは今日、お客さんとしてきている。
「吉田さん。暇そうだからちょっといいかしら」
びっくりした。振り返ると後ろに啓子がいた。暇って言われたが。
「今度こそ満員にしてみせるわ」
「大丈夫ですか?」
「当り前じゃない! たぶん」
「村原先輩は不安なようです。私もですが……」
啓子は自信があるように言うが、それでも不安なようだ。哲子はその様子を説明してくれた。
「他の人はどう思ってるんだろ」
僕が気にすることではないが、そう言う事はあまり聞かない方がいい。
「私は達成できると思うよ」
杏子が強気な発言をする。
「せっかく一年以上がんばって来たんだから、そろそろ私は成果が欲しい。村原さんも見てて下さい。達成させます!」
「二宮さん、いいんじゃない。で、達成したらこれから先はどうするの?」
「え? それは、まだこれから考えます」
「ダメねえ。ちゃんと考えとかないと」
「すみません」
「まあまあ、啓子さん、杏子もアイドルのリーダーで忙しいんだから」
「しょうがないわね、まあ、私も会場探し、手伝おうか?」
「本当に!?」
まだホールを満員にしてないのにもう次の会場のことを考えている。気が早いって。そんな杏子に啓子はアドバイスするのだが、次の会場はどこになるんだろうか?
さらに本番が近くなり、手伝いに出ていたアイドルが控室に入ってくる。
「さあみんな! 集まって!」
そう杏子が号令をすると、アイドル達がわらわら集まってきて円陣ができた。そこでみんな手を円の中央に差し出す。
「さあみんな! がんばろう! 今度こそ満員だ! オー!」
今までにない凄い力の入り具合だ。なんか熱気みたいなものを感じる。




