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第10話-5.若奈をください

 ついにこの日が来てしまった。土曜日、僕は大和旅館に来ていた。


「迎えに来たよ。若奈」


 そう独り言を言いながら、僕は中に入る。連絡で受けた通り、エントランスの中央に若奈がいた。


「おはようございます。吉田さん、本日はよろしくお願いします」


 若奈は深々と頭を下げた。何回見ても綺麗はお辞儀である。


 と、言う事で、僕は早速若奈の母親に会わせてもらう事になった。僕達は移動中、あまり話をしなかった。


「ここか」


 今、若奈の母親がいる部屋の前に来ている。ここは以前にも来たことがあるが、今日は重みが違う。どうも緊張しすぎて気が狂いそうだ。上手く話せるだろうか?隣も若奈も表情は出てないが、少し顔色が悪いように感じる。


「お邪魔致します」


 あら?緊張しすぎて声が裏返ってしまった。


「お母様、お時間取らせてしまいまして申し訳ありません。本日は吉田さんから、私のアイドル活動について相談があるそうですが、お聞きしてもらえますか?」

「おはようございます。それについては私も興味があるわ。どのような事をしているのか話して下さるかしら?」


 丁寧な言葉遣いとは反対に、厳しい表情をしている若奈の母親に圧倒される。

「は、はい。私どものアイドルは、歌とダンスを基本にした、女性アイドルユニットを作っています。そこで是非、大和さんにも参加してもらいたいと私は考えていました」


 緊張して何を言っているか分からない。こんな、しどろもどろな日本語で通じるのだろうか?


「それは、素養に悪いと思う。あと、最近は忙しくて若奈の業務にも支障が出てしまう。そういう理由で私はアイドル活動を若奈に禁止したの。だから、若奈はアイドルに入れさせない。分かってくださるかしら?」

「それは分かってます、でも、そういうわけにはいかないんです」

「それは何故?」

「現在、メンバーが九人ですが、出来れば当分の間メンバーには抜けて欲しくはないです」

「じゃあ、私に何も相談しなかったのは?」

「それは私が悪いです。申し訳ありませんでした。私が皆さんとお別れしたくなかったので、独断で決めて誰にも話してきませんでした。申し訳ありませんでした」


 若奈が説明を始める。彼女の謝罪は僕に向けられていた。そして、少し声が乱れている。謝罪している間に泣き出してしまったようだ。


「若奈……」


 僕は、若奈の方を見るけど、かける言葉が思い浮かばない。


「私からも、申し訳ありませんでした。若奈さんが勝手にアイドル活動をしてしまったのは私の責任です。親の許可を取るように一言言っておけばこういう事にはなりませんでした。若奈さんを悲しませて申し訳ありませんでした」

「頭を上げてください」


 若奈の母親から謝罪を止めるよう指示が出た。


「悪いのは若奈です。何も説明せずに……。あとで厳しく叱りつけておきます。それで、最初に言った通り、若奈も忙しいし、その歌とダンスって言うのがどうも品に欠ける気がするのよ。だから、今回は諦めてもらえないかしら?」


 そんなことを言われても、こちらも引き下がることはできない。だから僕はしぶとく続ける。


「家の仕事があるのは分かっています。でも、歌とダンスが下品かどうかって言うと全部がそうではないと思います。だから、若奈さんを私に下さい!」


 僕は改めて頭を下げる。とうとう言ってしまった。まるで若奈と結婚するみたいだ。でも、僕の目的は若奈を取り返すこと。何を言っても、若奈が抜けることは何があっても絶対に阻止したい。


「さっきも言った通りです。そろそろ時間がないので、お引き取り下さい」


 僕と若奈は目を合わせた。これだけ説得しても通じないなんて……。すべて技も出尽くした。これからどうしていけば……。


「分かりました。もう時間ですし、そこまで仰るのであれば、若奈さんにはアイドルを辞任させますので」

「分かれば宜しい」

「え!? そんな……!」


 滅多に感情を顔に出さない若奈がこの世の終わりのような表情をしている。僕もこんな選択はしたくなかったが、このような状況では仕方がなかった。


「若奈、ごめん」


 と言って、僕は去って行った。


「そんな……。嫌! 吉田さんと別れたくないです! アイドルも辞めたくありません!」

「本当に、ごめん」


 そんな泣き顔の若奈の思いも虚しく、僕は彼女の元を後にした。


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