第10話-2.もうひとつのトラブル
その日はとうとう結香は練習場所に戻ってくることはなかった。夕方、練習が終わって、僕は結香に会いに行こうとした。連絡しても出てくれそうにないので、何も言わずに結香の家に行くことにした。
でも、一旦外に出たところでそれは起きた。
「あれは……」
僕の目の前に飛び込んできたのは桃色の着物を着た若奈だった。彼女はこちらを振り向いて、目から一筋の涙を流していた。
「え!? 若奈!? 一体どうしたの!?」
「……。突然押しかけて申し訳ありませんでした。あの……、家で、練習していたら、母に見つかってしまいまして……」
僕が良くここにいると分かったな。いや、感心している場合じゃない。とにかく話を聞いてみよう。
「それで?」
「アイドル活動を辞めるように言われてしまいました。それで吉田さんを頼って此処まで来ました。私を……、うっ……、助けてもらえませんか!?」
「え!? どうやって!?」
「はい。すぐには旅館に戻れそうにありませんから、本日は吉田さんの家に泊めてもらっても宜しいでしょうか?」
「そういう理由だったら僕はいいけど、実は少し前から宇音も転がり込んじゃってさ……」
「それは構いません。今は大勢居た方が安心します」
「分かった。早速家に電話してみるよ」
「はい。しかし、数日経ったら旅館へ戻ります。気は重いですが、今は繁忙期なので旅館の仕事がありますので……」
僕はこの話を聞いては黙っていられなかった。早速若奈を家に上げよう、と思って、家に電話してみた。さすがに理由が理由なだけでOKだった。それにしても、親には食費ばかり掛けさせてるから申し訳ない。それにしても、家に上げる人が全員女性なのについて、親はどう思っているのだろう?
僕は若奈を車に乗せて帰った。だが、その前に行かなきゃいけない所がある。折角だから若奈も連れて行こう。
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「此処ですか?」
「そう、ここが結香の家だ」
昔よく来ていたので、結香の家は知っている。早速本人を呼ぼう。インターホンを押すと、早速結香が出てきた。
「何よ? て言うか大和さんも一緒なの!?」
「はい、これには事情がありまして……」
「そう、で、何の用?」
「結香と話がしたい」
「あたしは話したくないわ。どうせアイドルの事でしょ?」
「そうだけど」
「北原さん、私もアイドル活動が出来なくなるかもしれません」
「私もって、直くん、大和さんにあたしが辞めること話したの?」
「うん、ごめん」
「だから来てるんだよね。でもね、今日はそっとしてほしいの。また日を改めてくれるかな?」
「分かったけど、戻る気になったの?」
「何が! 戻る気になるわけないじゃない! あそこにすぐに戻るほどあたしは甘くないわ!」
「分かったよ。また後日な」
「うん、またね」
またね……か、切ないな。今度はいつ結香に会えるのだろうか?
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そして、僕は大和さんを連れて宇音がいる僕の家へと行った。
「ただいま」
「おかえり……あれ、大和さん?」
「お邪魔致します」
「ちょっとしばらく若奈が泊まるようになるけどいいかな?」
「何で? どうしたの?」
「旅館でトラブルがあったんだって」
「そうなの? あそこで?」
「はい。初めて有浦さんと出会った場所ですよね。そうなのです。しばらくの間、お世話になりますね」
若奈は綺麗な角度で頭を下げた。宇音は目を点にして何が起きたか分かってないようだった。
結香と若奈を失いたくない。いまは活動もまだ安定していないから二人が出ていくのはどうしても避けたいところだ。
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その夜、大和さんは疲れたのか、意外とご飯をたくさん食べた後、眠りに着いた。
「とりあえず、大和さんは寝たよ」
「直之さん、アレをやるの?」
「やるよ」
これから始めようとしているのは、若奈と結香を取り戻すための会議。それに、若奈もいつまでも僕の家にいられないようなのでどうすればいいか?
「でも、辞めてもないのに、なんで『取り戻す』なの?」
「このままだと辞めてしまう。宇音も辞めて欲しくないんでしょ?」
「言葉が、って言いたいんだけど……。それだけ重要な人だもんね。悔しいけど」
「今辞めてもらったら困るんだ」
「確かに寂しくはなるね。北原さんがいなくなるといじる相手がいなくなっちゃうし……」
「そんな風に見ていたのか……」
いじる相手がいなくなるって、全く可哀想な言い方だが、案外、宇音も結香の事を気にかけているのかも知れない。
「それにしても、二人は直之さんのことが好きなのかな?」
「結局そこに結び付くのか」
「北原さんは絶対直之さんの事が好きだから、私としてはいない方が直之さんを一人占めできるかな? 大和さんだったら……」
「あの、さっきは寂しくなるって言ってなかったけかな?」
気にかけているのかと思ったらそうでもなかった。それにしても結香はいない方がいいって言う、宇音はこんなキャラクターだったっけ? こんな嫉妬深かったっけ?
「宇音はもっと楽しい感じのキャラじゃ……」
「ない? 違うよ。楽しいのは好きだけど、嫉妬ぐらいするよ……」
うーん。この子に協力してもらうのは無理なんじゃないか? この後の宇音は抱きついてきたりキスしてきたり、まあ、いつもの事だけど。
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次の日はさすがに相談しにくかったので、数日後に杏子に相談した。
「そうね。ちょっと言い過ぎたかな」
「僕は結香の幼馴染みだからいろいろ分かるけどさ」
「でも、もうちょっとしっかりやってくれないかな? 絶対ここでしか練習してないと思うんだよね。この前は言い過ぎたけど、やる気あるのかなって思っちゃうのよね」
「だったら、杏子はどうしたいんだ?」
「どうって、北原さんに頑張ってほしいと思う。だから辞めないで欲しい」
「まあ、結香も真面目にはやってると思うんだけど。前の合宿の時も海音につきっきりで踊っていたし」
「そうなの? ちゃんと踊ってた?」
「ヘタクソだけど踊ってはいたよ」
「う~ん。ダンスが苦手なだけなのは分かってるよ。それで、直之さんは何を考えているのかな?」
杏子はすぐ笑顔に戻る。さっき怒らせただけに、ここで笑顔になるのはなんか怖い。
「戻ってほしいと思うんだったら、奪還作戦、考えて欲しいんだけど」
「奪還作戦?」
「うん、それで、結香だけじゃなくて若奈も家の人にアイドル活動を禁止させられたらしいんだ」
「そうなの?」
「うん、だから一気に二人も抜けるのは避けたくてさ」
「うーん。やっぱり北原さんはもう一度やる気になって欲しいな。大和さんは、お母さんを説得するしかなさそうね」
「そうだな、でもあのお母さん怖そうだしな。絶対説得なんか無理だろう」
「厳しそうだったけど、やってみなきゃ分からないよ。説得しよう」
杏子はそう僕に進言する。そして、杏子は行動派なので、ガンガン攻める方を勧めてくる。
「もし、無理そうな時は私も行動するから。実際にアイドルを見てもらった方が話も早いんじゃないかな?」
「そうかなあ、実は今僕の家に若奈がいるからさ、若奈が旅館に戻るまでは待とうか?」
「そうだったの?」
「うん、うちに泊めてくれって言われたから」
「だったらさ、練習に誘うのはどう? 今は旅館の仕事もしてないでしょ?だったら練習場所にも来れるじゃない」
「ああ、そうか。確かに今なら練習に行けそうだ。帰ったら言ってみよう」
「帰ったらじゃなくて今でもいいけど。まああまり直之さんに頼むのも申し訳ないかな?」
「杏子は遠慮なく言ってくれる方が助かる。まあ、その件は僕が家に帰るまで待ってもらいたいんだけど」
「そうだよね。家に帰った時に聞いてきて」
さすが、杏子は今すぐ呼んでほしい感じだったが、少し待ってもらった。夕方、家に帰ったら若奈を練習に誘ってみた。
「若奈、もしよかったら明日練習に行かないか?」
「練習、ですか。はい、気分転換になりそうですね。明後日には旅館に戻ろうと考えていますので」
「本当に帰るのか?」
「はい、いつまでも休めませんから。申し訳ありません」
「仕方ないよ。でも、絶対に若奈を迎えに行くから」
「迎えに来るのですか?」
「うん、僕が若奈のお母さんを説得するよ」
「本当に説得しに来るのですね!」
「うん、でないと、本当に若奈と別れなくちゃいけなくなる」
これは僕にとっても大勝負だ。でも若奈には辞めて欲しくない。別れたくはない。
「はい……そうですよね。ありがとうございます。でも、私の母を説得するのはとても難しいですよ」
「なんとなく、そう言う気がするよ。でも、説得しないといけないんだ。任せてって言うほど自信はないけど頑張るよ」
「ありがとうございます。吉田さんが説得に来られると言う事で、お待ちしております。私も母にアイドル活動が認められるように出来る限りの努力はしますのでよろしくお願い致します」
「僕も絶対に説得できるように頑張るよ。杏子も今日若奈の事を話したらすごく心配してたよ」
「はい。二宮さんにもご迷惑をお掛けしましたね。明日練習に行ったら謝罪しないといけませんね」
「そう堅くならなくても、迷惑なんか思ってないようだし」
「本当に申し訳御座いませんでした」
「仕方ないよ」
若奈は今までにないくらい深々と頭を下げている。僕も何も悪いことはしていないのになぜか申し訳ない気持ちになるんだよな。土下座されているので。




