第10話-1.トラブル
夏本番、サンサンと照る太陽の下、ではなく、僕達の会社の食堂で、合宿の報告会をしている。
「杏子、そっちの方はどうだった?合宿」
「私は一泊二日でやってたんだけど、まさかあんなことになってるなんて……」
「どういう事?」
「ちょっと言えないんだけど、そのうち分かるかな?」
「なんだそれ?」
「うん、で、練習は私と真凛さんが仕切ってたけど、紅藤さん、上手く踊れてたよ」
「そうか」
「それだけ? 何か質問はないの?」
「何を質問しよう? そうだ。緑が上手く踊れてただけじゃ分からないよ。どう上手く踊れてたの?」
「うーん、伸びしろがあった。前より大分上手くなってるよ。教えた分だけね」
そう言えばこちらも教えた分上手くなったことはあった。宇音が海音を大分鍛えてくれたからな。これで次のメンテナンスまでは何とかなりそうだ。
「啓子と哲子の方はどうなの?」
「私たち、お泊まりはしてないわ。一日目はダンスの特訓、二日目は体力作りで水泳をしたわ」
「で、踊れたの?」
「何とかなるくらいにはなってるはず。水泳もしたけど、前よりは体力が付いたと思うわ」
「そうですね。私も付きました」
「それはよかった」
と言ってる僕は運動も何もしていないので体力は付くわけはないのだった。
「直之さんも運動しようよ」
「何をすればいいんだ?」
「私はね、ダンスを特訓しているの。アイドル活動にも役に立つと思ったから。直之さんも一緒に踊っていいよ?」
「ダンスか。運動が嫌いな僕でも運動から逃げられなくなった」
「ねえ、体力がある男性って魅力的で素敵だわ」
啓子が突然褒めてきたので恥ずかしくなってきた。
「吉田さん、顔を赤くしてないで、早く二宮さんに返事しなさい!」
「え? 杏子、やろう」
「はい」
啓子の強引な計らいで僕はダンスを踊ることにした。ただ、日程は決まっていない。
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昼食が終わり、僕と杏子は会社の廊下を歩いていた。
「改めてみると感慨深いなあ、曲もできて、ダンスもできて」
「まだまだこれからよ、直之さん。そうそう、北原さんと江坂さんの様子はどう?」
「海音は体の重心を落として踊ることにした。そうすると重心が安定して本人も踊りやすいと言っていたよ」
「それはよかった。江坂さんに合った方法が見つかったんだね」
「うん。それで、結香の事なんだけど、そっちはなかなか踊れないようだ。必死にはしているようだけど」
「必死にしているのに踊れないってどんな感じなの?」
「形は出来てるんだけど。どんな感じって、いつもの感じかな。うちでは言ってなかったけど、全体の練習では『出来ない!』とか言ってるんだよな?」
「そうよ。そう言う悩んでる時間がさあ、もう! せっかく、先頭で使えそうないい顔立ちをしてるのにな」
「やはり、杏子もそう思いますか」
「そう思うとも! 私は顔も普通だから。悔しいけどね」
「いや、杏子もかわいいよ」
「ありがとう、前向きに受け取っとくよ」
本心で言ってるんだけどな。まあ、杏子の場合は髪も短いし、少し凛としてるからイケメンっぽいかわいさがあるのかもしれない。
「問題は結香か」
案の定、結香に問題があるなんて……。幼馴染として、とても心配だ。
「北原さん、どうなの?」
「それが最近おかしいんだよ。妙に自信が無いと言うか」
「あの自信家の北原さんが!?」
「自信家って言い方が正しいかどうか分からないけど、そういうことで、最近の結香はちょっと様子がおかしいな」
「そうなの。どうしたのかな?」
「心配だよ」
杏子だって、結香にはもっと真剣に取り組んでほしいとか、上手くなれと思っている。
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そんな中、僕は練習の様子を見ていた。すると、結香は相変わらずあまり踊れていない。杏子も、しっかり踊ってほしいので、「しっかり踊って!」、「何で踊れないの!?」、「上手になってくれなきゃ困る」と結香に言っている。
そんな中、結香は踊ったがまた失敗を繰り返していた。
「あー、全然できない!」
「また北原さんなの?」
「またって何?」
杏子の言葉に結香は反発を強める。今まで見たことのない光景だ。
「なぜ全然出来ないのか、分かる?」
「分かんないから」
結香は杏子の方を睨んでそう答えた。この結香の表情もあまり見たことがない。
「それをどうやったら出来るになるか、北原さんは考えたことあるの?」
「考えてるよ、考えても上手くいかないから困ってるんじゃない?」
「それは考えてない。北原さんは練習不足。用事があって練習できる時間が無かったとは思うけど」
「あたしが練習不足だってなんで分かるの?」
「本当に練習する人は会間に文句なんて言わない! 時間の無駄!」
「あなたに私の何が分かるわけ? 何で出来ないって言ってるのか想像できる? 悔しいからよ! あたしだって上手に踊りたいの!」
結香はその自分の悲痛な思いを説教する杏子にぶつけていく。なんとも怖い光景だが。
「だったら、しっかり踊ってよ! 悔しいなら、文句を言う暇があったら、一生懸命踊ったらどうなの!?」
結香の表情がどんどん引きつっていく。いや、こんな結香を見るのは初めてかもしれない。まあ、彼女は元々負けず嫌いなんだけど。
「何よ! あたしは一生懸命やってるわよ! 何であなたはあたしの事を分からないのよ!」
「分からないよ! 何で文句ばっかり言うの? 何でよ!?」
「あんたになんか関係ないじゃない! 文句なんて言ってないわよ! 出来ないから出来ないって言ってるのよ? そんなようじゃ一生あたしのことは分かんないわ!」
「あなたの事を分かる前に練習したらどうなの」
「ぐっ……」
ついに結香は泣き出してしまった。そのまま、巨大な爆弾のような言葉を杏子にぶつける。
「ばっ、バッカじゃないの!? ここまで言われて、何であんたの命令に答えなきゃいけないの!? もういいわ! あたしには無理だったの、最初っから! 勝手にやってろよ!」
と、結香は大声を上げたまま出て行ってしまった。こう言うやり取りは今に始まったことではないが、今日はいつもより大分責められていた。とは言え、結香のやっちまった感も否めない。もうセリフが……。でも、結香も最近上手くいかない日が続いているし心配だ。僕は結香を追いかけようとすると杏子に呼び止められた。
「直之さん、いいのよ。構わないで!」
「でも……!」
僕は杏子のセリフを無視して追いかけた。
「あっ! 直之さん!」
杏子に呼ばれた気がしたが、僕はそれに構わず練習場所から抜け出した。いくら「構わないで」って言われても結香は僕の大切な幼馴染み、放ってはいられない。でも、この後どうすればいいんだ?
そう考えながら外まで出ると結香がいた。一応帰るかなと思ってそのルートをたどっていたら本当にいた。僕は結香に話しかける。
「結香」
「直くん!」
「帰るの?」
「あ、あったり前じゃない! 何よあいつ!? もうあんなのと付き合ってらんない!」
結香は泣きながらそう訴えた。僕は結香に近づこうとすると結香に止められてしまった。
「あのさあ……」
「……バイバイ、直くん、ぐすっ。……もういいわ……」
といって、そのまま結香は帰ってしまった。何も言えなかった。で、僕はどうすればいいんだ?
僕にもその一端はある。結香に「もっとがんばれ!」とか厳しい言葉を投げかけていたと思う。
だとしたら、僕も結香の力になりたい。でも結香はもう行ってしまった。連絡しても出なさそうだからどうしようか? 結香を追いかけたいが、今戻らないと杏子に怪しまれるよな。なので、僕は練習場所に戻った。
練習場所に戻っても杏子からは何も言われなかったし、何も無かったかのように練習していた。それを見ると余計に僕は「なんとかしなければ!」と、思うのだった。




