応援うちわを作れないこんな世の中じゃポイズン
ベルベル兄さまとの約束どおり、王国の騎士たちの指導をするためルベウスを貸し出した。というか、私も一緒についていった。アルくんも鍛錬に興味ありそうだったし、二人ともまとめて参加すればいいじゃんという話。その間私がその場にいればいざとなっても間に合うよね、間に合ってくれよな! という大雑把な計画であった。まあベルベル兄さまの招待もあるし、ヤバくなったらベルベル兄さまの騎士も護衛に回ってくれると思う。ベルベル兄さま主導イコールほぼルチル派閥の集まりだから、そこで他人にナメられるようなことはしないと信じて。これほんとに信じていいんか? 私痛い思いして死ぬの絶対嫌なんでマジ頼みますからね。
ドラゴンライダーとしてのルベウスを求められているということもあり、ドラゴンちゃんもその場に同席している。ルベウスの言うことを聞いてちゃんと大人しくしている。すっかり躾けられてやはりこれはイヌドラゴン。ちなみに名前はポチに決まった。私がドラゴンちゃんのこと見てついうっかり「ポチ」って呼びかけたらぎゃおんと返事したもんだから、このドラゴンは王女に名前を与えられた名誉あるドラゴンになったってわけです。それでいいのかポチ。そしてその命名に何の疑問も抱かない騎士たち、おまえたちもそれでいいのか。いやベルゼア王国でポチってメジャーな名付けじゃないからイヌ扱いされてると誰も思ってないんだろうが。
ポチがいかにイヌドラゴンとはいえ、やはりドラゴンはドラゴンである。ポチの登場に騎士たちがざわついた。まあこいつ宿場町潰しかけたヤベーやつだもんな。緊張するのもわかる。なお暴れていた原因は足に刺さったトゲ(完全に狩猟用の矢、恐らく誤射)だったので、ルベウスが抜いてやったら大人しくなったという。なるほどな。ルベウスよく死なずに済んだなそれ。ポチの足の爪めちゃくちゃ鋭いけどよくそれ見て突っ込んでいけたな。やっぱルベウスはゴリラ。強い推しは好きよ。
「これがあの水晶洞窟のドラゴンか! 噂には聞いていたが、こんなにも大きいとは!」
「ぎゃおん」
「おっと、私はあまり好かれていないようだな。ナデナデしたかったのに。いやあしかし、これほどのドラゴンを制するとは、ルベウス卿の勇敢さあってこそだな!」
「ポチ、お兄さまは大丈夫な人よ(一応)」
「ぎゃおん……」
「アルミナもこのドラゴンを従わせられるのか。流石は我が妹。ドラゴンにも愛される美貌というわけだ!」
何言ってんだこいつ(何言ってんだこいつ)。そして周りの騎士たちも「流石はアルミナ殿下」とか言い出すんじゃない。ベルベル兄さまの顔色窺ってんのか。私別にポチに命令とかしたことないけど。ポチが大人しくしてるのは単に元から賢い子なだけやで。無駄な争いはしないのよ、たぶん。
「皆、ルベウス卿を見習って、この国のため力を尽くそう!」
ベルベル兄さまが号令し、騎士たちもやる気を漲らせている。士気が高いのは良いこと。とりあえず私はにこにこ微笑んでおいた。これが王女の満面の営業スマイルやで。貴重やぞ。
さて、ここに集まる者たちはみんな精鋭ばかりだ。騎士たちの中でも王の直属の配下がスーパーエリート。将来王になる可能性が高い王子につく騎士もエリート。その他の王族もエリートといえばエリートだが、エリート同士見比べるとポジション的には若干見劣りする。エリートのゲシュタルト崩壊しそう。ともかく基本的に跡継ぎ以外の王族って政略結婚の道具か跡継ぎのスペアでしかないのよね。あとそれとは別にすごい優秀だと地方の国境警備隊とかに入ることもある。信頼できる人しかそんなところ送れませんって話。
ルベウスは能力的にも経歴的にもマジモンのエリートのはずだが、なんでかしら私のようなピヨピヨ王女のお付きになっている。まあこれもルチル派閥が絡んでいるんだなあ。カルブンクルス家は国王直属の騎士を輩出してきた家系で、今は亡き母、ルチル王妃は国王の正妃。他の側室を新たに正妃として立てていないので、ルチル一族の影響力は未だ色濃い。そこで順当に行けばベルベル兄さまのお付きになるところだったんだろうが、何の因果か若き日のルベウスは暗殺されかかっている幼女時代の私と偶然ばったり出会ってしまい、これまた見事に私を助け出したわけ。これも何かの縁とパパ上が私付きになるよう命令した結果今に至る。本当に私を助けてくれてありがとう。でもそれでよかったのかおまえ。出世チャンスその時点でひとつ逃してんで。でも推しの良いところでもある。目の前で困ってる人を助けるのに理由はいらないってか~。そういうところ。そういうところが推せるんです。すこ。
立場はそんな感じだけど、やはりドラゴンライダーともなれば、周りの騎士たちもルベウスに尊敬の目を向けている。まあ元から武道大会優勝常連野郎だし、普通に頭もいいので、特に若い人たちからは人気が出そうではある。推しの輝きに気づく若造ども、私と心の握手をしましょうね。実際に今まで何の絡みもない人と握手とかすると余計な邪推をされるのでできないけど。勝手に心の友認定する。推しは、かっこいい。かっこいいよね! ね!
「今日は少し日差しが強いわね。ポチは暑くないかしら」
「ぎゃおん」
「あら、私のために翼を広げてくれるのね。陰になって涼しいわ。ありがとう」
「ぎゃおん!」
ポチめっちゃ気が利く。助かる。よしよし、いい子いい子。うん、やっぱかわいいなポチ。もうこの鱗のつやつや具合とか触るの慣れた。
「すごい、本当にドラゴンを従えている……」
「そこ、余所見をしている場合か!」
鍛錬場は思ったよりちゃんと綺麗にされていたので、私はノンキにポチと戯れつつ、騎士たちの様子をぼんやり眺めていた。こんなご時世「こっち向いて」「カルブンクルス」みたいな応援うちわとか作れないから(立場的に)にこにこ微笑むしかできない。あと声を張り上げて応援するのもはしたないとか言われがち。推しに声援を送れないのつらいな。
それにしても一応王族も出入りするからだろうか、この鍛錬場本当に思ったよりちゃんとしている。小学校の体育館みたいなもんかなと思ってたけど、なんというか、もっと結構がっつり広い。今は鍛錬場のだだっ広い庭でルベウスを中心に百人組手みたいなことをやっていて、待機中の騎士たちは石造りのドーム状の広間のほうで筋トレしている。王族に生まれた子供たちは食後の運動がてらここで護身術の基礎を学ぶのだが、まあそれやってるのは基本王子ばっかりで、王女は元から力なくて伸びしろ薄いし、万が一怪我でもしたら後々の政略結婚に響く可能性があるのでやらない。せいぜいやっても乗馬くらい。それもお散歩レベルのやつ。なので何気にここの鍛錬場をじっくり見るのはほとんど初めてなのであった。私の部屋からここ見えないんだよな。
「人を守るために体を鍛える、か。素晴らしいことね」
私も強い女かっこいい~って思うけどこういう肉体派な修行が自分に向いてるとは全く思わん。インドア王女。本を読むほうが好き。そういう育てられ方をしているんです。でもそういう政治とかそこまで気にしなくていい身分の出身だと、女でも騎士になる人自体はいる。もしくは騎士の家系なのに男子が生まれなかった家の子。家の運命しょって立つとかマジかっけーわ。ぽんこつの私には無理。
ここに集まっている騎士たちの中にも、女性らしき姿が見える。手足はすらりと長くて、ちょっとウェーブっぽい栗色の髪を束ねている。すげえなあ、見た感じ男連中にも全然負けてない。いや流石にルベウスのほうが強いっぽいけど、でもアルくんとはいい勝負って感じだ。お、組み手はアルくんが勝った。
でもアルくんもカルブンクルスの子。つまりゴリラ。そのゴリラといい勝負するってことは、あの女性騎士、すごいデキる人なのでは。アルミナちゃん心のメモに残しておこう。
なんやかんやで鍛錬しようぜ会はつつがなく終わり、またこういう機会を設けましょうねという話になって解散した。ルベウスもアルくんもきつい鍛錬で疲れているはずなのに爽やか笑顔であった。推しの笑顔SSR助かる。まあ殺さずに済む運動というのは気持ち爽やかにもなるんだろう。普段が普段すぎて。
「長い時間お付き合いいただき、ありがとうございます。お疲れではありませんか」
ルベウスが気を遣って私の様子を窺ってくる。身長差が頭二つぶん? 三つまではいくかいかないか……くらいあるのでわざわざ私に目線を合わせるためかがんでくれるの助かる。しかし首痛くならないんだろうか。
「いいのよ、私、ほとんど座っていただけだもの。ポチもいてくれたし、おまえたちが真剣に鍛錬に取り組んでいる姿を見られましたから、今日は良い一日でした」
「アルミナ殿下のため、今後もよりいっそう精進していきますね!」
きらきらー! 隣のアルくんの笑顔が眩しい。こんなの乙ゲーだったらスチル挟まるところやで。いや乙ゲーあんまりやってなかったから知らんけど。推したちが今日もかっこよかった。明日もきっとずっと推せる。
「今日はアルミナ様がいらしたので、皆気合が入っていましたよ」
それは気のせいじゃねえかな。次の王様候補のベルベル兄さまがいたからちゃんとしよってなっただけでしょ。あとドラゴンでテンションが上がってた説。ポチかっこいいからね。内なる中学二年生の心を刺激されたんだよ。まあそんな本音をモロリするわけにもいかず、私は「それならよかった」とニコー! 推しも私の笑顔を見てニコー! なんだこれ。