推しに地位をあげたいとは思ったがそんなに急に話を進めないでくれ
推し(ルベウス)が課金を受け付けてくれなかった日から三日経った。私はその間真面目に末っ子王女らしいしょうもない政務をこなしたり、貴族たちとの腹芸お茶会をしつつ、我ながら麗しい王女の微笑みの裏で推しに貢ぐ方法を考えていた。そして答えを得た。
名付けて推しに地位をプレゼントしよう大作戦! 推しが直接的な課金を受け付けてくれないので、外堀を埋めて推しが出世できるコースを整えていくというのはどうだろう。私が活躍してるところを見てもどうにもならないので、他の人も見てるところで推しに程よく活躍してもらうみたいな。私天才じゃないか? それなら私自身そんなに頑張らなくてもいけそう。いけそう? どうだろうちょっとちゃんと考えてみよう。
まず第一に自分の身の回りの環境を確認していこう。
私の名前はアルミナ・ルチル・ベルゼア。ベルゼア王国の第五王女。亡き母の遺産を形見分けされたので金には一切困っていないチャーミング(?)なプリンセス。上に腹違いの兄とか姉とかめちゃめちゃいるが、何人か病気と戦争で死んだことになっている。たぶん本当は大体暗殺されとる。サツバツ。
比較的仲が良いのは同じママ上から生まれた兄のベルトラン・ルチル・ベルゼア様。略してベルベル兄さま。第二王子だけど正妻の子なので王位継承権がつよつよなので、私以上にめちゃめちゃ命を狙われまくっている。かわいそう。本人の性格は兄弟たちの中ではかなり温厚で、ママ上が亡くなってからも同腹の妹である私をよく気にかけてくれている優しいおにいちゃま。他の弟や妹にも優しくしていて、なんやかんやで兄弟が亡くなるたびにガチ泣きしている。あんな、兄さまの命狙ってたんそいつやで(公然の秘密)。それをわかってて泣いてるんだからこれはこれで怖いんだよな。なんかの拍子にちょっと対応ミスったら私も裏切り者扱いされて処分されそう(偏見)。あとよくしてくれるのって僕たち兄妹は絶対大丈夫だよね(圧)って感じがする。そう私は今は亡き正妃ルチルママの娘。そういう派閥。ほんとやめてほしい。兄と妹は血が繋がってても他人なので自由にさせてほしい。他人でーすって問答無用で殺されかけるのも嫌だが。そう考えるとやはりこれが一番マシな兄。もし腹に何も抱えてなくて普通に妹に優しい兄なだけだったらこんな妹ですまんなって思う。でも政権闘争激しいこの王宮でそれは死亡フラグだよ。
一番警戒しなきゃいけないな~って思うのは一番上の兄。第一王子アレクサンドル・エメリー・ベルゼア。いわゆるところの妾腹というやつだが、何せ最初に生まれた王子である。ベルベル兄さまより半年早く生まれているのでアレ兄貴は長男様である。正妃の子じゃないから跡継ぎにはならねーんだー、みたいな顔をしているが、いつの間にか自前の騎士団持ってたし、賢いからか何なのかわりかし貴族たちのウケがいいっぽいので普通に厄介極まりない。武力も政治力もあるんですかやめてください。こんなやついたらベルベル兄さまが順当に即位したとき目の上のたんこぶにも程がありすぎる。そして私が正面からぶつかったら反射ダメージで即死するやつ。灰色の瞳はいつも落ち着いているけど噂では意見が対立した弟や妹に暗殺者を放ったともいわれているので本当に近づきたくない。こわい。こいつラスボス。
他の兄姉は……あまり考えたくない。どいつもこいつも派閥作りまくりなんだよ。まあ今のところ暗殺がスルッと成功しない限りはベルベル兄さまかアレ兄貴のどっちかが次の王になるんだろうと思われる。他のちっさい派閥は気にしないでおこう。
となると、ルベウスが出世コースに乗るにはベルベル兄さまかアレ兄貴のどっちかの覚えがよくないといけない。一応ルチル派閥の私付きということになっているけれども、兄弟たちの中では私の存在などあってないようなもの。ベルゼア王国において騎士の出世コースといったら王の直属の騎士団に入ること。戦争で活躍すればそこから将軍クラス目指すのもアリだが、どっちにしろ単なる私のお付き状態では難しいやつである。私が王になることまずないし。あと周辺諸国とは今のところ表立ってモメてないし。
あとワンチャンあるとすれば、ドラゴン退治とかだろうか。
――そう、このベルゼア王国にはドラゴンがいるのである! 空は飛ぶし火も噴くのである! うーんファンタジー。前世じゃ考えられんかった。そういうのコモドドラゴンまでだと思ってた。あと翼竜。
それから身近にはいないからよう知らんけど魔法使いというのもマジでいるらしい。青い目の人間は魔法の素養があって、精霊に力を借りられるとかなんとか。やっぱファンタジーだわこの国。ルチル一族の先祖にも魔法使いがいたというからワンチャン私も先祖返りしてマジ狩るドラゴンスレイヤーなれるかなって思ったけどそんな簡単になれるんだったら誰も苦労してなかった。私も目は青いけど精霊の声とか聞こえたことない。
ドラゴン退治は大変危険な仕事である。火を噴く自立戦闘機を生身で倒せというのだから察し。小型のドラゴンとかだったらチーム組んで囮が気を引いてる間に毒の矢を打ち込んで討伐とかよく聞く。そんなもんを一人で倒せるのはマジモンのヤベーやつと相場が決まっている。英雄ってそういうものよね。大砲とか強力な武器は照準が間に合わないから役に立たんらしいので、真面目に竜殺しとかできるのは本当にどうかしている。そんなことできる超人は国のこと裏切らないでねって厚遇されやすくなるのは確かだが。
ドラゴン退治チャンス……あるかなあ? ベルゼア王国の騎士は歴史上ちょいちょい個人のドラゴンスレイヤーを輩出してきたらしいので、なんというかヤベーやつの集まりには違いないし、そうなると推しもヤベーやつ感出てくるけど。うーん、出世チャンスはそこかなって気はするが、推しにそういう危ないことさせたくないなあ。いやいつも暗殺者の対応とか危ないことさせといて言うのもなんだが、人と獣の対応ってやっぱ違うし。いかに文武両道、つよつよナイトとはいえ、ねえ? まあチーム戦のお手伝いとかなら……どうなんだろう?
とかなんとかぼんやり考えながら王宮の廊下から庭を見下ろす。やっぱ庭師がついてる庭って綺麗だよね。前世だとちゃんとした薔薇園とか行かないと見れなかったやつ。こんなところに金かけてる暇あったら下々の民にもうちょっと還元せえやと思わんでもないけど、こういうところきちんとしておかないと相手にナメられるとかそういうのはあるからね。難しい話だね。
「アルミナ様、一体何を憂いていらっしゃるのかしら」
「やはり西の洞窟に出たドラゴンのことではないでしょうか。近隣の村々を襲っていると聞きますわ」
「まあ恐ろしい……!」
聞こえてんぞ柱の裏にいるメイドども。憂いているのは推しの未来だよ! それはそれとしてその噂知らんが。お茶会とかでそういう話題出なかったんだが。う~ん隠されてた? 陰でものを知らん小娘とか思われてる系か? わからん、知ったかしつつ情報を聞き出そう。
「何を狼狽えているのです」
「あ、アルミナ様……! 申し訳ありません、すぐに仕事に戻ります」
「慌てなくともよい。何もおまえたちを咎めようというのではありません。不安を抱えたままでは仕事も手につかない、そういうものでしょう? お前たちの不安を解決するのが王族の役割というもの。私の前で苦しみを隠す必要はないのですよ」
なるべくにこにこ愛想よくを心掛けつつ、王女賢いから全部お見通しだよ~わかっていたよ~、だから話してごらんなさい……みたいな顔をしておく。こうすると相手はな~んだ自分が口を滑らせたわけじゃないんだ、みたいな気持ちになって何でもぺらっと喋ってくれる、気がする。ふんわり心理学。前世の知識曖昧すぎて役に立ってるのかそうでもないのかわかんねえけど。
「アルミナ様もご存じのとおり、西の水晶洞窟にドラゴンが棲みついたようなのです。水晶洞窟の近くには、宿場町がございます。その、個人的な話になるのですが……親戚がそこで宿を経営していて、気にかかっていたのです」
「(全くご存じないけど)ええ、このまま放ってはおけませんね。交通の要を怪物が襲っては人の生活は成り立ちません。親しい人がいるのならなおのこと心配でしょう。よく話してくれましたね」
マ~!? 普通にヤバな話なんだがそれ~!!
水晶洞窟の宿場町はベルゼア王国の通商の要。そこがドラゴンのせいで脅かされているというのは普通にベルゼア全体の問題である。国内での食料や衣料品なんかの流通が滞ると、それで普通に経済的な死者も出るし、金があっても食べ物が得られなくて飢える人も出てくる。死!
「ちなみに、その話はいつ頃からおまえたちの間で噂になっているの?」
「昨日の夜、城下の布商人から聞いたのです」
あっぶねええええ! お茶会は昨日の昼間! これ昼のお茶会で苦手な貴族からこんなことも知らねーの? ってされかねないところだった! つけ入る隙を与えたら死~~~~~!
えーと、落ち着こう。情報自体は昨日の夜に城まで届いていた……噂になるくらいだからちゃんと上の人にも話がいっているはず。パパ上が寝たタイミングによるけど、遅くとも今ぐらいにはパパ上の耳にも入っている? だったら近々討伐隊が派遣されるだろう。
「今頃は陛下がドラゴン退治のための準備を進めていらっしゃるはず。だから……落ち着いて行動するように。日頃おまえたちが見ている騎士たちが何のためにいると思っているのです。彼らはいざというときこの国を守るため、おまえたち民を守るために剣を取ったものたちです。陛下が集められた精鋭の騎士たちが、獣ごときに遅れをとると思いますか?」
「い、いえ……」
「私からも陛下に相談してみます。引き止めて悪かったわ。仕事にもどりなさい」
「は、はいっ」
貴族社会での発言力はゴミだが、言うて王女である。パパ上は王様である。こういうときはパパンの力を借りるのが一番。末っ子はな、かわいいんや……! パパ~! ドラゴンこわいよー! 退治してー! これが通らなかったらベルベル兄さまにねだろう。お兄ちゃん! 妹がドラゴン怖がってるよ! ほら助けろお兄ちゃん! お兄ちゃーん!
――そのおねだりの結果、私付きになっているルベウス(推し)がドラゴン討伐隊に参加することになった。なぜにホワーイ。
「陛下からの直々の命でして……」
要するに、ドラゴン退治は危ないから強い騎士を集めることにしたよ! ルベウスは武道大会で優勝するような強い子だから参加してね! その流れになるのは、うん、それは、そう(それはそう)。ルベウスがいない間暗殺者来たら私死じゃない?
「私が不在の間、我が甥が代わりに警護にあたります。若輩者ですが、腕は充分と存じます」
「不満はないわ。おまえの人選なら間違いはないでしょう」
「信頼していただけて光栄です」
「ルベウス」
おまえがいないのはめちゃめちゃ不安ですが代わりの人をよこしてくれるということなのでまあいいです。じゃなくて、応援の言葉を何か……言いたいけどうまく思いつかないな。
「……早く帰りなさい」
「はっ!」
結局面白みのない言葉になったけどやる気は出たっぽいからいいとしよう。うーんそれにしても顔がいい。とりあえず頑張ってくれ。ついていくわけにもいかんし、私は王宮で茶ァシバきながら応援しているよ。