推しが課金をさせてくれない
いっけなーい、殺意殺意(焦)(汗)(包丁)!
私、よくあるトラ転で気づいたらよくわかんねー異世界の国、ベルゼア王国の王女様になってたの! 末っ子だから権力がまるでねえや! でも王族は王族だから金だけはある! 立場のせいでありとあらゆる方面から命を狙われがちなのに守ったところで旨みのないそんな私に優しくしてくれるのは七歳年上のお付きの騎士だけ! おまえめっちゃくちゃに顔がいいから一生推すわ!
――実際案件推しがいなかったら二回目の人生マジでクソ。だって本当に危険なんだもの。前の人生は普通の社畜オフィス・レディ(死語)だったからそれはそれでクソだったけどご飯に毒盛られる心配とかはなかったし暗殺者に剣向けられる心配もなかった凡人。その平々凡々十人並み女にこれは無理ゲーでは? 末っ子とはいえ正妻の子だからか……やめてほしい……兄も姉もいるんだから私を政権争いに巻き込まないでほしい……一生幽閉されてても構わないから金だけもらって心穏やかに暮らしたい……他人はそれをニートという。やーね世知辛いの。ケッ。遅かれ早かれ人間なんかみんなそのうち死なんだから穏やか死のほうがいいじゃんね。
「アルミナ様、よくぞご無事で」
「助かったわルベウス。おまえが来なかったら死んでいました」
「あなたをお守りすることが私の責務です」
私を狙ってきた暗殺者を手早く片付ける男、ルベウス――私の推し、ルベウス・カルブンクルス。国王であるパパ上の命令で私のお付きということになっている騎士。きりりとした黒い目が印象的な精悍な顔立ち、無駄なところのない引き締まった体つき、しかも王立大学を首席で卒業したエリート。あと国の武道大会ではしょっちゅう優勝している顔のいいゴリラでもある。言い方を変えれば鍛錬や勉強を欠かさない真面目な好青年。すこ。いやまあしかし何より顔なんだよな(台無し)。この男の笑顔はマジで傾国のそれ(とっても主観)。私黒髪で黒い目の男はつい推しがちなんだなあ。ベルゼア王国金髪とか茶髪ばっかりしかいないし。このつやつやは貴重です。もっと髪を手入れしろ。後ろ髪もっと伸ばせ。
そんな推し完全体なルベウスのこと、私の騎士(はあと)とか言ってみたい気は一瞬したけど冷静に考えて普通に国に仕えてる流れで私のところにいるだけなんだよな。全然私のものではない。そもそも人命が私のものではない。私自身だって王女とかいう立場。アルミナ王女十六歳。つまりいざというときに政略結婚とかして国のために働く歯車みたいなもん……つら……。
正直私のような微妙な立場の王女に仕えてるよりは兄とか姉とかのほうにいったほうが絶対出世できる気がする。曲がりなりにも王女なのでそれらしい立ち振る舞いは覚えさせられたけど、私は末っ子である。上に兄も姉もアホほどいるから王位を継ぐことはまずないし、そもそもどっか有力な貴族とかよその国とかに嫁がされるに決まっているので、私のところにいても旨みというのがイチミクロンもないのであったった。有能なのに正当な評価をされる機会を得られないで出世できないの可哀そうすぎんか?
「おまえも飽きないわね。私に構っている暇があったら、兄上たちにでも媚を売っていればいいものを」
「……そのようなことを仰られるな。あなたは替えの効かぬ方です。それとも私をそんなにも遠ざけたいのでしょうか。私はアルミナ様に相応しくない騎士だと仰られますか」
「別に、おまえを嫌っているわけではないわ」
むしろ最推しである。ただちょっと推しの出世を願うと兄か姉のところに行くほうがいいんじゃない? と考えているだけです。不釣り合いなの私のほうだよ。いじわるしてすまんけどこれもルベウスの将来を想ってのことなの……! 苦しそうな顔を見ると悪いことしてる気がするけど、実は悪いことなんだろうかこれは。私同担拒否とかしないタイプだからむしろ推しの素晴らしさをもっと色んな人に気づいてもらいたいんだけど、私のところにいたら無理みあるな~って思ってるだけなのに……。
でもこの男がいないと私が秒で死んでしまうのも事実。立てば暗殺座れば毒死、歩く姿は弓の的。一歩間違えばまさにそんな感じなのだ。私がマジで王女という立場しかない雑魚なので、そういう危険のだいたい全てをルベウスが解決してくれている。推しが私の運命を助けすぎている。何だこの人生。私はむしろ推しを助けたい支えたい側なんだが。主に金の力で。
「ルベウス、おまえ、何か欲しいものはないの?」
「御身が健やかであらせられることが一番の幸福です」
推しが課金をまるで受け付けてくれない。クァーッ! 無欲!
「では胸を張って笑うといいわ。おまえの剣が私を守っているのだから」
「――ハイ!」
うーん顔がいい。元気なお返事ニコニコ笑顔、花丸百点プライスレス。この男どうして私に仕えるのこんなに楽しそうにしているんだろう。推しの一番の謎。
まあ私のハッピー推し活ライフにはこのルベウスの笑顔が欠かせないのでそれはそれでいいんだけど。いいんだけども、できれば推しにはより充実した人生を送っていただきたいので、もっといい感じに出世してもらいたいところ。しかし今の私に出世させてあげられるような力はなく、推し自身によそへ行く気がないとなると……私自身の政治力をアゲして推しに地位をプレゼントするしか、ない? 腹芸の得意そうな大臣とか野心バリバリの兄姉相手に? えっこれ私が頑張らないとダメ? マジでござるか?