第四章 設定資料集はお金がなくて買えなかったタイプのオタク
うまいこと皇妃様と王子を追い返した私は、「聖なるプロポーズ〜フィアンセは救国の王子様♡〜」のストーリーの大筋を書き留めておくことにした。物的証拠は危険性が高そうだけど、この先六年間ゲームを忘れていかないとも限らない。
まず、転生してきた主人公のありさは、王宮にある伝説の泉から出てくる。この国には、国が脅かされるときに伝説の泉から「この世界で生を受けていない少女」が現れ、聖なる力を持つという伝承があるので、それはもうトントン拍子に上手くいく。たまたまその辺にいた王子兄弟に発見されて王様に速攻お目通りできるし、危機が訪れるまで王子たちとの交流を深めてこの国を知るために学園に入れと言われる。
そのときに、この国の脅威を退けるために王子との協力が不可欠だけど、当座の生活の案内人として誰か一人選んでくれ───と王に問われ、攻略ルートを選ぶことになる。
そしてエンディングは攻略対象一人につき三つ。
一つ目は「救国ハッピーエンド」。国も救って彼ともうまくいく王道のエンディングだ。このエンディングはだいたい大団円で終わるので、悪役令嬢の私もそんなに大した出番はない。せいぜい画面の端っこに出てきてチラチラ嫌味をいうくらいだ。
二つ目は「救国友情エンド」。国を救い、主人公は現代日本に帰ることになる。レベル上げや授業、サブキャラのイベント回収に精を出して攻略対象との好感度が低いままだとこのエンドになる。このエンドになった場合、リチャードは予定通り私と結婚し、この国の王になるはずだけれど───今のリチャードと結婚するくらいなら、私が現代日本に帰りたい。
三つ目は「決壊バッドエンド」。これは結構闇深い仕様なのだけど、デートばっかりしていて魔法力がほとんど育っていないと、このルートへ徐々に入っていく。リチャードルートのこのエンドは「いじめ自殺エンド」と言われており、エリザベス大活躍の巻になってしまう。
今の所、私が目指すべきはリチャードルートの「救国ハッピーエンド」だろうか。
なんでかバグっているリチャードの性格を直すのは骨が折れそうだし、このエンドであれば婚約は解消され、エリザベスはただの公爵令嬢に戻るのみ。救国友情エンドも捨てがたいけれど、解釈違いのリチャードと発狂せず添い遂げられる自信はまるでない。
もちろん「決壊バッドエンド」は論外だ、あのエリザベスは私もかなりトラウマになってしまった。あれが自分にできるとも思えない。
主人公が他のルートに行ってしまったらどうにもできないけれど───そこは人気ナンバーワン、不動のセンターリチャード王子の実力を見せていただきたい。
そういえば、転生令嬢ものにありがちなリチャードや他の兄弟が私に恋をしちゃうとか、主人公がヤバめの性格で箸にも棒にも引っかからないとかそういう展開はあるんだろうか?そもそも私がリチャードに恋をしないせいで発生するイレギュラーな事態とかは起こるんだろうか?
リチャードはあの通りの素直なお子様だし、今の所私に恋をしているという線はないと思う。これから恋愛に発展する可能性はなくもないけど、極力避けていきたいと思う。解釈違いだし。「救国ハッピーエンド」を目指すなら私と恋愛しないことはシナリオのほころびにならないはず。
ただ、ゲーム内で解き明かされていない謎も結構ある。大きいところだとこの国の危機はどこから来てなぜ治るのかがよくわかっていない。
途中まではごく普通の乙女ゲームのように、自由行動のターンに授業を選ぶと戦闘力がアップする。ただ、ゲーム終盤になると街のあちこちからもう死んだはずの人間が湧き出て人々を襲うのだ───
そう、このゲームは乙女ゲームのくせに終盤いきなりゾンビゲーになってしまう。しかもソンビをなぎ倒して王宮までたどり着いて、玉座の裏側にある飾りかと思ってた聖剣を引っこ抜いて、またゾンビをなぎ倒して泉についたらボス戦だ。
しかし、このボスはよくある理由とかを語ることもなく、普通に強い無口なゾンビである。そのゾンビを倒したら聖剣を泉の前に捧げておしまいだ。最初から聖剣を泉に置いとけばこんなことにはならなかったのでは……?という不可解な仕組みでとにかくゾンビが全滅する。
この理由は設定資料集で語られている、とどこかで目にしたことがあったけれど、その頃中学生だった私に三千円近くする設定資料集を入手することは難しかった。この世界に転生するとわかっていれば、絶対設定資料集買ったのに!
「まあ、こんなものね」
わからなかった話を掘り返しても仕方ない。大体、ゾンビと戦ったりするのは主人公なわけだし。
壮絶なフラグを立ててしまったことに気づかないまま私は秘密のノートを閉じた。