第三章 三次元はミュートできないからくそ
解釈違いの推しをなんとか軌道修正しようとしたら、真っ青になった2人の麗人に囲まれてしまった。
「エリザベス、なぜあなたは竜の存在を知っているの!?」
「落ち着いてちょうだい、その吟遊詩人はどこのご出身なのかしら?」
「北の方からとしか……すぐに主人に確認しますわ。」
やばい、やばいやばいやばい。よくある伝承上のモンスターとして竜を出しただけだったのに……。
でも、吟遊詩人から聞いたのは本当の話だし、万が一吟遊詩人が捕まっても問題ないはず。
「やっぱり他国から出入りする方は、エリザベスとの接触を制限しないと……。ごめんなさいねエリザベス。怖かったでしょう」
「仕方がないわ、我が国以外ではポピュラーな伝承だと聞くし、実際に現れることもないそうだから」
「もしかしてエリザベスが“聖女”なのかしらと思ったけど……」
違う!断じて違う!だいたい伝承上では泉から出てくる黒髪の少女だったでしょうが!!
どう話を変えたものかとあたふたしていると、すっかり影が薄くなっていたリチャードが急に大声を出した。
「ははうえ!!今日は僕がエリザベスにいいところを見せなくてはと仰っていたじゃないですか!」
まさに放って置かれた10才の男の子の見本といった感じで、頰を膨らませ母親を見るリチャードには腹黒のかけらもなさそうだった。先が思いやられるな。
「そ、そうだったわね。この子足も速いし………足が速いの。その辺りで遊んであげてくださる?」
足が速いことしかいいところがなさそうだけど……きっと日本の小学校に通っていたらモテるに違いない。すっかりやれやれ系主人公になってしまった私は、渋々席を立って綺麗なクレヨン●んちゃんといったテイストの王子を追いかけることにした。
****
皇妃様が仰っていたように、リチャードはとにかく闇雲に足が速い。ゲームゲームとうるさいけれど、確かゲームのリチャードはそこまで運動神経抜群といった感じではなかった。文武両道のリチャードはどこにいってしまったのか、こんな脳筋が王様になるかもしれないだなんて先が思いやられる。
「エリザベス!お前足が遅いなあ!」
当たり前だ。ハードは10才の令嬢教育が施されているお茶会以外で外に出ない女の子で、ソフトはここ10年近く運動らしい運動もしてないアラサーなんだから。得意げに揺れる金色の髪を思わずきっと睨んで怒鳴りつけてしまった。
「リチャード様、こんなか弱いレディと追いかけっこして楽しいんですの?」
きっと甘やかされ放題なのだろう、反論がくると思っていなかったリチャードは飲み込めない顔でじっとこちらを見ている。チャンスだ!
「レディと歩くときはきちんとエスコートするのが紳士というものですわ!いきなりお庭を走り出すだなんてはしたないこと、レディにできるわけないでしょう!」
数秒考えると、リチャードは犬の耳が生えているかのように、シュンとしてしまった。さすが乙女ゲームの攻略対象だけあって、近くで見てるとスチルとしか思えない綺麗な顔だ。
「ごめん、おれ……」
子犬のような目で見つめてくるリチャードだが、本当に本当に解釈違いだ。これがツイッターならミュートにしてるところである。リアルワールドってミュートできないからいやだ。
しかし、こんなところで挫けるわけにはいかない。なんだか竜がこの国の地雷のようなので、適当に伏せながら吟遊詩人の話をしなくては。
「わかればいいんですの!ねえリチャード様、私の憧れの騎士様の話聞いてくださる?」
「もちろん!ぜひ聞かせてくれ!」
****
吟遊詩人から聞いた話を要約するとこんな感じである。とある国がある日竜に……違う、大きなモンスターに襲われてしまった。その国にはとても綺麗なお姫様がいて、モンスターを倒した騎士と姫を結婚させる、と国王が宣言した。
それを聞きつけた男たちがモンスターを倒そうとするも、モンスターはかなり強くて誰も間抜けな感じでやられていってしまう。そこへ姫の幼馴染である騎士が立ち上がる。その竜……モンスターは、火を吐くタイプのモンスターだったので、騎士は大嵐の日を狙ってモンスターを倒し、見事お姫様を手にしたのだった。めでたしめでたし。
どうということもない凡庸な物語だけれど、要するに真正面から突撃するよりも機を見ろ、もう少し考えろ、という教訓の話なので、今のリチャードにはぴったりだった。
リチャードは素直に話を聞くと、もっとお勉強せねば……とつぶやきながら王城へ帰っていった。これで少しは脳筋が治るといいんだけど……前途はかなり多難である。