第二章 解釈違いの推しは帰れ
さて、ゲームと現世がなんだかズレているのはよくわかった。実際どのくらいズレていて、10才の女児に改変可能なのかを正確に把握しなくてはならない。メイドたちに不審に思われながら、あれこれと聞き取り調査をしたものの、リチャードの人格以外はそんなにズレていなさそうだった。
リチャードの家族構成もゲームと同じ。リチャードは三人兄弟の長男だが、侯爵家出身の側室の子供である。しかし、正室には子がなく、ゲーム通りならこれからも誕生することはない。そのため、リチャードの母は皇妃という位を与えられており、王宮では正室を凌ぐ権力を持っている。
リチャードの兄弟は全員攻略対象なのだけど、年齢も名前も同じだった。
ゲームのリチャードはこのくらいの年齢から「本当によくできた次期国王様だこと」という評価だったが、メイドたちから聞き出した限りでは「活発で元気で剣の練習が好きな、年相応の可愛らしい王子」という評価になってしまっている。リチャードは確か5才くらいの頃、侍従を利用して正室を階段から突き落としたエピソードがあった気がするが……このリチャードは確実に何もしていないだろう。この正室、最後の方に結構大活躍するんだが、リチャードへの恨みがないままで大丈夫だろうか。
私の家族構成は兄が2人、どちらもこの後私やリチャード、そして主人公が入学することになる全寮制の学園に通っており、家にはいない。父親はさすがに公爵だけあって、人格優れており王からの信頼も厚い。母親は社交界の華であり、全ての令嬢の模範とされている完璧な奥様である。
とりあえず、よく転生漫画で見る看護婦とかパティシエとか料理人とか───そういう素敵なスキルは私に備わってない。料理はレンジ時短飯を試したりするくらいだったし、医療については本当にさっぱりだ。大まかなこの国に起こる出来事の流れは分かるが、ルート分岐まではいたって平和な我が国である。
使えそうなのはゲームのストーリーを知っていること、ということは一度書いて整理するべきかもしれないわと思い当たったところでメイドが私の部屋のドアをノックした。
「お嬢様、皇妃様とリチャード様がおいでです。」
だから解釈違いだって言ってるだろ───そう追い返すわけにもいかず、渋々席を立った。
*****
促されるまま中庭に出ると、皇妃様とリチャード、それから困り顔の母がいた。リチャードは何かの間違いなのでは、という私の期待も虚しく、皇妃様のそばにぴったりついてこちらからあからさまに目をそらしている。
「ご機嫌よう皇妃様、支度が遅くなりまして申し訳ございません。」
「いいえ、こちらこそ突然押しかけてごめんなさいね。」
「とんでもないですわ皇妃様。あの、エリザベスは昨日少し日に当たりすぎて立ち眩んでしまったようで……。」
いつも完璧な公爵夫人のお母様がしどろもどろだ。それもその通り、解釈も違いも一応言葉としてあるものの、現代の日本でしかもオタクじゃないとわからない組み合わせだもの。さて、これどう切り抜けたものかしら。
「ねえエリザベス?ちょっと具合が悪かったのよね。」
受け入れてしまえば弁明は簡単だ。しかし、リチャードには元の腹黒俺様キャラに戻ってもらいたい。とりあえず若すぎるので腹黒は無理でも、俺様キャラは取り戻してもらいたい。
元々この婚約を言い出したのは皇妃様だと聞いている。対抗馬のスミス様が私と婚約するとリチャード様の王位継承はやや危ない。他の公爵家に良い年頃の女の子は他にいないし、他国の姫を娶るとなると外交の問題になってしまう。つまり、私以上に条件の良い婚約者は主人公が出てくるまで現れない。
中身がアラサー独身オタクなことは目をつぶっていただきたい。ここは一芝居打つしかないだろう。
「皇妃様、私最近吟遊詩人から素敵な物語を聞いたんですの」
「この前滞在していただいた方ね。とっても歌がうまかったわあ」
「あら、どんな物語を聞いたのかしら?」
「かっこいい王子様とお姫様の物語ですわ!その王子様は大きな竜を倒してお姫様を守ってくれるんですの……」
「「竜ですって?」」
微笑ましく私の話を聴くターンだった皇妃様とお母様の顔色が一瞬で変わった。
───私、なんかまずいこと言ったの………?