第一章 大変ありがちな展開で恐縮ですが、悪役令嬢に転生しました
昨今大変ありがちな話で恐縮だが、アラサーで社畜で夢女子の私は昔ハマっていた乙女ゲームの悪役令嬢に転生した。不意に私の記憶が戻ったのは私の推しと対面した瞬間だった。
なんだか新宿●苑を思い出させるバラの庭園に、小さな男の子が貴婦人の影に隠れている。私の記憶にはない、ゲームのシナリオからやや外れた展開に不安になりながらも、事の行方を見守るしかない。男の子は貴婦人から苦笑混じりに促され、何度かイヤイヤした後に、渋々私の目の前に立つと、顔を真っ赤にしながらようやく言った言葉がこれだった。
「お、おりゅえっ、俺の婚約者は、お前なのか!?」
ありえない、ここは悪役令嬢の私のドレス“だけ”お行儀よく褒めた後、耳元で「俺の嫁は俺が決める」と言うはずなのに───
「解釈違いですわああああああ!!!!」
次期国王の前で意味不明な言葉を叫んで倒れた私を、よくもまあ今世の両親は連れ帰ってくれたものだと思う。
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さて、私の前世は令和までギリギリ生きていたオタクだ。専門はNLか夢で、BLのOKラインは作品によってまちまち。男性アイドルにハマったこともあるし、演劇もかじっていた結構地雷の少ないオタクだった。
そんな筋金入りのオタクの私だが、人生の目標は「結婚すること」。友達と聖地巡礼や遠征の合間に縁結びの神社だかお寺だかパワースポットだかを巡ること幾年月。ありがちに婚活をしてみたこともあったが、最近は仕事も忙しいし、外出自粛だし……とかなんとか言い訳をしてサボりがちだった。
そんな私の転生先は乙女ゲーム「聖なるプロポーズ〜フィアンセは救国の王子様♡〜」の悪役令嬢エリザベス・フォンディーヌ。このゲームの舞台であるアルステリア王国のフォンディーヌ公爵家三女。あの顔を赤くして噛みまくりだった俺様系第一王子リチャード・ルイ・アルステリアの婚約者である。年齢は10歳。
このゲームは日本から突如として転移してきてしまった16才の少女、ありさがこの国の伝承にある「聖女」として選んだ王子と手に手を取り合ってこの国を救う、バトルあり乙女展開ありの王道乙女ゲーム。なんだかタイトルはダサいが、そこそこヒットした乙女ゲームだ。
その中でエリザベスは無論リチャードルートのライバル令嬢で、主人公ありさをいじめていじめていじめまくり、最後には主人公いじめ自殺ルートすら作ってしまう極悪令嬢だった。
最近の私は漫画を読んでツイッターに「悪役令嬢に転生とかしてえ〜」とつぶやいてしまうほど暇だったので、願ったり叶ったりと言いたいところだったが………当方、推しの解釈にはうるさい。
当推しのリチャード・ルイ・アルステリアは俺様腹黒系第一王子である。いや、であった。
第一王子として如才なく振る舞い、周囲の評判は上々だが、利益がないと感じた存在には容赦がない。エリザベスも彼にとって利益のない存在の1人で、公爵家である我が家の後ろ盾をかなり軽んじていた。彼は「全て自分の力でやらないと意味がない」という信条の持ち主なので、フォンディーヌ公爵家の力で国王になるなど耐えきれない屈辱なのだ。だから、ゲームのシナリオで見たリチャードとエリザベスの出会いは最初からかなり不穏な空気だった。
私の、私の萌えは乙女ゲームなのにそこまでサイコパスな男でいいのか!?と賛否両論が吹き荒れたリチャードであり、産声すら庇護欲を煽れるよう計算してあげるような男だ。ゲーム内での描写は幼少期だろうと腹黒さが変わらず、俺様の祖と言われるその男がたとえ10歳だろうと噛んだり赤面したりするわけないのだ。
「ああ………私の……解釈が…………」
馬車に揺られながらうわ言を繰り返す私に、お付きのメイドたちはただ戸惑いながら介抱を続けるばかりだった。
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家に戻ってベッドに入っても、記憶がまだ混線していて頭が痛い。私はちっとも死んだ記憶がなく、最後の記憶は家のベッドでゲームをしていて、さすがにご飯でも食べるか、と立ち上がった瞬間で終わっている。室内だし、よくある転生トラックに轢かれていそうにもない。
体が存命のままで転生することってあるんだろうか?まあ突然死かもしれないし、よくわからない。
転生先から戻る漫画や小説はほとんどないから、このまま家族や友人には会えないのだろう。そう思っても全然実感が湧いてこない。不思議なことに前世への思い入れや感情のようなものが、すっぽり抜け落ちてしまって他人事に思えてしまうのだ。
これって、やっぱり一度死んだと言うことなんだろうか……。あのフィギュアまみれの家に、お母さんが入るのか……嫌だな……と思いながら眠りに落ちてしまった。
私はこの日リチャードの前で悲鳴をあげたことを、かなり後までずっと後悔することになる。