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黒いサンタクロース

作者: 春風 月葉

 窃盗の罪で捕まり、閉じ込められて数年が経つ。来年の春頃には釈放を控えている私に面会の報せが入った。面会の希望者は数ヶ月ぶりにやってきた妻であった。妻は言った。もうすぐ七歳になる娘がクリスマスに父親を強請ったと。


 私は聖夜の奇跡など信じはしないが、この夜に脱獄が成功したことは奇跡と言えるだろう。十二月二十五日のクリスマス、私は監獄を脱した。

 曖昧な記憶を元にこそこそと人気のない道を歩き、人目を引くであろう囚人服を脱ぎ、偶然にも路地裏で見つけたイヴに役目を終え捨てられたサンタクロースの赤い服を拝借した。幸運なことに顔を隠せる赤い帽子まで付いている。

 歩き続けるとよく見慣れた通りに出た。数年前まではここで暮らしていたのに、今は遠い昔のことのように感じる。

 会ったこともない娘に会いに行くために脱獄までしたが、妻をそれを望んでいたわけではないことはよくわかっていた。全ては私の自己満足、そう割り切っていたはずなのに、今になってこの場所に拒まれていることを実感し、再び路地に姿を消した。

 ドン、と小さな何かにぶつかった。視線を下にやると子供が一人、しゃがみ込んでいた。

「坊や、どうしたんだい?」つい私はその子供に声をかけてしまった。もしかしたら自分「おじさんは、サンタさんなの?」子供は耳に残る高い声で私に尋ねた。ああ、そうか。今の私はサンタクロースなんだった。

「ああ、そうだよ。ほうら、立派なお髭だろう。」そう言って私は長いこと剃ることも忘れていたら黒い髭を撫でた。

「おじさんは誰かにプレゼントを渡してきたの。」子供は聞いた。私は少し考えた。父親を欲しがった娘に会おうと思ってここまできたが、まだ自分は何もしていない。

「いいや、これからさ。」結局私はそう答えた。すると子供は言った。

「じゃあおじさんは渡し忘れちゃったんだ。今日はクリスマスだから、一日遅れだね。」なるほどたしかにクリスマスプレゼントはイヴの夜に贈るものだ。すると今日に脱獄した時点で私はもし娘に会えてもクリスマスの願いは叶えられなかったのか。

「ふふふ、たしかにそうだな。私は遅れてしまったようだよ。」私は笑った。

「おじさんのプレゼントが僕のものだったら良かったのに…。」子供は言った。

「おや、どうしてだい?」私は尋ねた。

「僕はね、今年も本当に欲しかったものは届かなかったんだ。」子供は悲しそうにそう答えた。

「むむ、それはひどいサンタだ!」私は言う。

「でもね、もう諦めているんだ。だって…届くはずないんだもん。」子供はコートの袖で瞼を擦った。

「そんなに難しいプレゼントなのかい?いったい坊やの欲しいそれはなんなんだい?」私は首を傾げた。

「…お父さん。」子供は言った。私ははっとなった。私の娘も同じような想いで父親を強請ったのだろうか。そう思うと胸が締め付けられた。

「それはたしかに難しいプレゼントだ。でも大丈夫、坊やの気持ちはお父さんに届いているよ。だからいつかは…。」私の言葉を子供の小さな左手が止めた。

「いいの、おじさんは優しいね。それともサンタさんはみんなそうなの?」子供の無理をしたような笑顔を私は直視できなかった。

「僕ね、お母さんと喧嘩してきたんだ。それでここに隠れて泣いてたの。でもおじさんのお陰で少し元気になれたよ。ありがとうサンタのおじさん。」子供は言った。

「ああ、それならよかったよ…。」私は言った。

「あ、あとね。おじさん、僕は坊やじゃないよ。」どこからか子供を呼ぶ母親の声が聞こえた。その声はよく聴き慣れた声だった。

「帰ろう…。」そう呟いて私は路地の深くに消えた。

 耳の中には娘の名前が響いていた。

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