[009]特異点を越えた者
ぐにゃり。
世界が、記憶が、歪んだ。
さっきまでの時間が嘘みたいに。
キノウとの時間を嘲笑うかのように。
どうしようもなく、世界は歪んだ。
目は空いているのに、見えない。
耳を澄ましているのに、聞こえない。
立っているのか、座っているのか、寝ているのかさえ分からない。
ただ、そのまどろみの中、誰かが私を呼んでいる気がした。
急に世界は動き出す。
その瞬間、今までの世界は止まっていたということに気づく。
音が聞こえる。
私の生きたいって音が聞こえる。
感覚が順番に解放されていく。
自分が水のような物に浮いていることを知る。
自分があんな熱い中、眩しい中、生き残ったと知る。
そして、灰色の世界が広げられた。
私の目覚めと共に、私は放り出された。
「いた......かった............」
うつ伏せのまま、周りを見渡す。
瓦礫や壊れた建物が永遠に連なる世界。
そこで、私は、3度目の目覚めを経験した。
「これ......は............?」
ふと、腕に何かが巻いてあることに気がついた。
「魔法...使い......?」
それは“魔法使い”という文字が刻まれた、ピンクのリボンだった。
よく見ると、そのリボンの下にも、強く何かを巻いた跡が残っている。大きさ的にこれも同じリボンかな......?外に放り出された時に取れちゃったみたいだけど。
「誰か来た......?」
と、うつ伏せになってるから気づく。地面がテンポよく揺れている。......急にそのテンポが速くなる。
「ココロ!大丈夫かっ!」
「......ヨシキ?」
前を見た私と私を見ていたヨシキの目が合った。
「目覚めたのか!?大丈夫か?どこか怪我とかは......」
「大丈夫、だよ?」
「そうか......よかった............本当によかった......」
全身黒い格好をしていたヨシキは一筋だけ、涙を流した。そして、私を抱きしめてくれた。
「苦しいよ......」
「そ、そうか。すまない。では、少し急だが、我が家へ向かおう。」
「我が家?」
「うむ、私たち“エデン”が楽しく過ごしている家だ。」
ヨシキたちが楽しく過ごしている場所......?
「......行きたい。」
「連れて行ってやるさ。歩けるか?」
歩く前に立とうとしたが、上手く足に力が伝わらない。
「やはり、無理か。そうだな......おんぶでいいか?」
「うん、ありがとう。」
私はヨシキの背中に乗った。まだ感覚が弱くて物理的な暖かさは感じなかったが、ヨシキの私を想う言動が私の心に暖かさを与えてくれた。




