剣との契約
一振りの剣。話しかけてきた声は、この剣から聞こえていたのだ。
さっきまで木だったのに、剣に変わっている。
剣身も、柄も、そのすべてが暗く、黒い剣だ。
その有るはずのない剣から声が聞こえたのだ。困惑しない方がおかしい。
いや、流石に空耳かもしれない。そう思った瞬間に、その希望は打ち砕かれた。
『随分と呆けた顔をしているが、どうしたのかい?』
やはり空耳じゃなかった。
その声は、若い女性の様な声をしていて、何処かからかっている様でもあるが、確かに存在している「声」であり、空耳では証明できない程の存在感を持っていた。
『うむ。しっかりと記憶は消えたようじゃな』
え?記憶が無い?
そんなはずは……
『あー、思い出そうとしているのか?
無駄じゃよ。腐っても神じゃからな。記憶の封印は完璧じゃよ』
――封印?
『そうじゃ。おぬしが転生する時に出した条件じゃよ』
――条件?他にはないのか?
『うむ。あ奴が半ば強引に最強職の召喚士「サモナー」にさせたのと、私を持たせたぐらいしかしていないぞ?
おぬしは記憶の消去しか望まなかったからな。
謙虚と呼ぶべきか、逃げたと呼ぶべきか。まあ、今のおぬしには関係の無い事じゃがな』
『おぬしは話せないのか?今まで一言も話しておらんのじゃが』
その言葉に驚く。自分が一言も話していないのに今まで気が付かなかった事にも、話そうとすらしていなかった事に何も感じていなかった自分にも。何故話をしようなんて考えていなかったのだろうか?というか、話し方ってなにか分からない。そもそも声が出ない。声の出し方って?どうやって話していた?
声の出し方すら分からない。その事実が思考を支配する。
ダメだ。何も分からない。
何も思い出せない。
『どうやら、おぬし、喋れないようじゃな。
(何故じゃ?仮にも神が行った転生術じゃぞ?言語理解の失敗か?いや、それこそ在り得ない!一体何人の人が……。それに、いや、しかし……)
ん?そういえばおぬし……
なるほど。記憶を消しても恐怖までは消せなかったというところか。
とは言え、こんな剣じゃ助けることなんてできないしな……。よし!
おぬし、ここで生きていく覚悟はあるか?
ここではチカラのみが全てじゃ。
他者との共存なんて考えるだけ無駄。
少ないリソースを奪い合い生きていく。
そんな世界じゃ。ほれ、そこを見てみろ』
そう言われ、少し遠くを見てみると、恐竜の様な何かが騎士の様な服を着ている人と戦っている。
いや、戦いになんてなっていなかった。あれは虐殺だった。
剣を折られる者。腕をかみ砕かれる者。悲惨な状態だ。
戦えなくなった者を守ろうと必死で戦う者もいるが、傷一つ付けられていない。
一人、また一人と、命を落としていく騎士たち。
しかし、騎士たちもやられてばかりではいない。
パッと炎の球が化け物に当たり、弾ける。
騎士たちの中で一人だけローブを羽織っていた人の魔法だろう。
だが、火傷すら負っていない。
そう判断した魔法使いは騎士たちに何か叫んだ後、何かをつぶやいている。
そんな無防備な姿だから真っ先に狙われそうだが、騎士たちが必死に防いでいる。
さっきまでは怪我をした者も戦線復帰していたが、魔法が飛んでいなかったことから、恐らくは、あの魔法使いが回復もしていたのだろう。それが回復をしなくなったのだ。死者は増える一方だ。
最後まで戦っていた騎士が倒れた。
残っているのは腕を食われた騎士や、意識の無い騎士ぐらいだ。
剣を失った人などは徒手空拳だったり、死んだ仲間の剣を使って戦い、死んでいった。
もう、魔法使いを護る騎士はいない。
しかし、詠唱は終わった。
魔法を放つ。込められた魔力は規格外に大きく、紅蓮の炎が化け物の体を包み込む。
魔力が尽きた魔法使いは安堵感と共に崩れ落ちる。
勝ったと思ったのだろう。倒したと思ったのだろう。
自分の持つ最高の火力の魔法を叩き込んだ魔法使いが見たのは焼け焦げた化け物の姿だと思っていた。
魔法が消え、そこに見えたのは敵の屍ではなく、その足で立っている化け物の姿だった。
「化け物め」魔法使いはそうつぶやく。
魔力の尽きた魔法使いと、腕の無い騎士などでコイツには勝てない。そう分かってしまったが、あきらめることはできない。
魔法使いを含めた意識のある騎士6名は無理矢理突撃するのだが……
その後、6つの赤い花が咲いた
『おや?あの程度に負けるとは、最近の王国騎士団は弱くなったのか?
まあ良かろう。彼奴等が弱くなったのならば問題はあるまい。
おぬしよ。あの化け物はこちらに来るかもしれないのじゃが、どうする?
確実に殺されるぞ?』
――どうすればいい?
『我を使え』
――どうやって?
『そんなの決まっているだろ?』
その言葉を聞いた彼は、剣の柄を握り、力を込める。
『ここに契約は結ばれた。
人魔剣ヘルヴェティアの銘とヘルヴェティアとして、この者に使われよう。
そして、我に並び立つ者よ。我と共に、またあの蒼穹を』
剣は引き抜かれた。