第九十六段 多芸志之小浜
穴牟遅は高天原からの求めに応じ、高天原に国を譲ったので、彼がいなくなった後の出雲にどのような新体制を築くかは、高天原に主導権があった。
そもそも、穴牟遅は高天原から委任されたという建前で統治していた。
しかし、国譲りの成功は出雲などの地主神や他神の協力によるところも大きかったので、彼らの意向を無視できるはずもなかった。
そこで、ひとまず出雲の統治は穂日を頂点に据えることとなった。
穂日は天照と素戔嗚の誓約にて生まれた天津神であることに加え、国譲りを通して地主神や他神と関係を深めていた。
穂日の補佐には彼の息子たる建比良鳥命が天降ってきた。
二人は穴牟遅と百八十神の身柄を拘束し、人事の粛清で統治に支障を来させないため、空いた席には地主神や他神を座らせた。
余り高圧的な印象を与えぬよう拘束は最低限に抑えられ、須勢理や勢力圏の諸王は見逃された。
その代わりに百八十神は見せしめとして今度は自分たちが国外に追放させられた。
建御名方は八坂刀売から誘いを受けた形で彼女の故郷である信濃に亡命した。
「きっと洩矢が黙っていないよね」
亡命を決意する建御名方に八坂刀売が言った。
建御名方たちは穴牟遅という後ろ盾を失ったので、彼らと対立する洩矢にしてみれば、敵を叩き潰す千載一遇の好機だった。
もっとも、信濃は高天原が関知するところではなかったので、その範囲に留まる限りで建御名方が何をしても問題とはならなかった。
「好都合だ。我が身を守っただけとの大義名分が得られる」
穴牟遅がそうしたように国盗りを成し遂げてみせる。
「だが、洩矢を滅ぼすのではない。奴らの側とも共に暮らせるような国を造り、越などの諸国とも手を携える」
その誓いに八坂刀売は目を丸くし、それから、微笑んだ。
「うん、それが私たちの抱いた夢だもんね」
案の定、洩矢は信濃にやってきた建御名方と八坂刀売に争いを仕掛けた。
二人はその戦いを制し、降した洩矢と同盟を結んだ。
建御名方と八坂刀売の間に息子たる出速雄命が生まれると、洩矢の娘である多満留姫命と結婚した。
◆
事代主は伊豆国へ流刑に処せられた。
正確に言えば伊豆の先にある島々が事代主の流刑地だった。
そこは八洲と別の天地たるボニン島との間にあった。
つまりは常世のようなところで、しかも、島々と言っても島とは呼べないような岩が列をなしているのみだった。
まずは島々を造るところから始めなければならなかった。
幸いなことにそれを事代主だけでやれと命じるほど出雲の新体制も非情ではなかった。
「はずめますて、おらは三嶋溝杭姫っつう者だ」
はきはきした口調で事代主にそう挨拶をしたのは、茶髪を動きやすいようお下げにした娘で、赤い衣も活動的なものだった。
溝杭姫は現地の神女で、事代主の世話を仰せ付かっていた。
そこの国津神たちは事代主を貴人として遇した。
穴牟遅の国造りは国外にも知れ渡っており、現地の国津神たちは事代主が島々を開発してくれるよう願った。
ただし、彼らは事代主を全面的に歓迎しているわけではなかった。
国譲りの一件も周知のことで、事代主は災いをもたらすかも知れないと危惧されていた。
事代主の相手を溝杭姫に任せた国津神たちは、恐る恐るといった様子でそれを遠巻きに見ていた。
溝杭姫も酷く緊張しているように見受けられたが、気丈に事代主と対峙した。
頼りにされながらも恐れられる自分は何者なのか、事代主は分からなくなった。
既に百八十神の筆頭ではなかった。
穴牟遅に出会ったばかりの頃に戻ったかのようだった。
ならば、何をなせば良いのか。
(また自分を造っていくまでだ)
心の中を痛みと共に風が通り抜け、彼は初心に返った。
「拠点に案内してくれ! そこで詳しい事情を聞く。これから忙しくなるぞ!!」
人格を入れ替えて事代主は高らかに指示を出した。
それに溝杭姫たちは怖がるよりも驚いた。
そばかすが散った顔に驚きの表情を浮かべつつ、溝杭姫は彼を案内した。
◆
出雲の新体制は穴牟遅の処遇に悩んだ。
いたずらに辱めては旧臣が蹶起しかねなかったし、余りに厚遇しては穴牟遅が求心力を回復させかねなかった。
それほどまでに穴牟遅の記憶は至るところで未だ根強く、罷り間違えれば新体制は支持を奪われてしまうかも知れなかった。
そこで、穴牟遅の威光を取り込むことにした。
新体制は穴牟遅とも相談し、多芸志之小浜に天日隅宮を建てた。
多芸志之小浜は天竺にある霊鷲山の一角が欠け、出雲に流れてきたところだった。
山の一角は素戔嗚たちが縄で繋ぎ止めて杵で搗き、そうして新たに固めた土地を杵築と呼んだ。
そのような素戔嗚に縁の土地に建てられた天日隅宮は、大磐石の上に宮柱を太く立て、高天原に届くほど千木を高く聳えさせ、天津神たちの館と同じ様式を採用していた。その威容は穴牟遅に敬意を払いつつ、高天原の権勢を示していた。落成に当たっては神皇産霊も出雲を訪問した。
それは諸勢力の融和を図ってのもので、比良鳥の息子である櫛八玉神が料理人となり、各陣営の代表に魚料理を振る舞った。
そして、穴牟遅は隠居という名目で須勢理ともども天日隅宮に軟禁された。
須勢理は放免されていたのだが、穴牟遅の権威を保証した嫁入り道具である蛇比礼と蜂比礼を高天原に献上し、夫に同行させてもらうことを願い出た。
「すまんな、須勢理。俺の負けに付き合わせて」
居間で須勢理に膝枕をしてもらいながら、穴牟遅が彼女に詫びた。
「表舞台に出られなくなっただけだ。負けたらそこで終わり、じゃねえだろう」
手櫛で穴牟遅の髪を梳いていた須勢理は、強気に笑いながら、彼の顔を覗き込んで告げた。
「オレたちの夢は終わらねえよ」
果実は地に落ちたが、その実は既に種を播いていた。
典拠は以下の通りです。
天穂日命が息子の建比良鳥命と共に地上を治める:『出雲国造神賀詞』
建御名方神が洩矢神と戦う:『守矢家文書』
洩矢神の娘である多満留姫命が建御名方神と八坂刀売神の息子たる出速雄命に嫁ぐ:『神長守矢氏系譜』
事代主が国譲りの後に出雲国から伊豆国の海中へ渡る:『増訂豆州志稿』
素戔嗚尊が天竺から流れてきた霊鷲山の一角を出雲国の浜に繋ぎ止め、それが杵築となる:『懐橘談』
櫛八玉神が建比良鳥命の息子に生まれる:『諸系譜』




