第九十五段 法璽
高天原へ帰るまでに但馬で一泊することとなり、同じ部屋に泊まった天照と第六天は、貪るよう互いを求め合った。
半陰陽の天照は女性経験が一度だけあったが、男性経験の方はなかった。
第六天に至っては他者と一夜を明かすことそのものが初めてだった。
それでも、二人は強く同調していたので、第六天は破瓜の痛みを共有し、自身の男性が感じる快楽をも天照に分け与えた。
その安心感と官能に天照は何回も気を遣り、第六天と幾度も激しく情を交わした。
事後に褥の上で第六天に体を擦り寄せ、溶け合うような幸福に浸りながら、天照はこれまでの経緯を語った。
「それがこうなるとはのお……」
「不服か?」
「野暮なことを訊くでない」
赤らんだ頬を膨らませ、天照が第六天の頭を枕で叩いた。
「とにかく、報告のためにも一緒に高天原へ来てもらうからな」
気恥ずかしさを隠そうとするかのごとく天照は第六天に指を突き付けて強がった。
◆
天照が高天原に戻るのと合わせ、天王たちも但馬を発った。
「本当に彼を連れていくのですか?」
別れの際に淡島が複雑な表情で天照に尋ねる。
「うむ、高天原では此度の顛末を報告するだけではなく、今後のことも話し合わねばならんからの」
天照は第六天と並んで立ちながらはにかみ、それに淡島はなおさら渋い顔をした。
「第六天、妹に不埒な真似をしましたら承知しませんからね」
「なあ、天照。既に手遅れのことで何をごちゃごちゃ言ってるんだ、こいつは?」
淡島のことは眼中にない様子で第六天が天照に問い掛け、彼女の腰に手を回した。
「莫迦者!」
天照が耳まで紅潮し、第六天に飛び掛かろうとする淡島を天王が羽交い締めにした。
「お願いですから邪魔しないでください! 妹が悪い男に引っ掛かってるんですよ!?」
「それもあの方々による差配かも知れないだろ」
天王の言葉に淡島は不満げでありながらも引き下がった。
第六天が八洲に現れたのは、如来たちの差し金であることを天王たちも知っていた。
ならば、天照と第六天がこうなったのも、一概に過ちとは言い切れなかった。
「ま、恋は分別の外ってやつだ。外野がどうこう言ったって仕方ないでしょ。それより、オレたちもあの方々の意志を遂行しないとね」
「ええ……。天照、その男のこととかで何か悩み事が出来ましたら、いつでもわたしたちのところに相談に来てください」
手を取る淡島に天照は苦笑いを浮かべながらも嬉しそうに頷いた。
天照たちと別れた天王たちは、津島の瑠璃所へと向かった。
天照は天王たちが津島に住み着くことについて高天原に話を通しておくと請け負った。
◆
本来、笑うという行為は攻撃的なものと言われている。
第六天を連れた天照が高天原に帰り、高皇産霊と豊受も交えて彼女と面談した神皇産霊は、正にそのような鬼気迫る微笑みを浮かべた。
これには流石に天照も申し訳なさそうな表情で冷や汗を流していたが、第六天はどこ吹く風で彼女を膝の上に乗せていた。
「散々心配させたかと思えば、殿方と一緒に朝帰りとはどこで育て方を間違えてしまったのでしょうかねえ」
「落ち着け、神皇産霊。個人的な説教は後でやれば良かろう」
「そうそう、高皇産霊が常識的な意見を言うくらい今のアンタは冷静じゃないよ。まずは全体のことを考えなくちゃね」
第六天は天照を介し、どうして自分が八洲にやってきたのか高皇産霊たちに説明した。
「つまりアンタもアタシと同じ大日の眷属ってわけか」
「忌々しいことこの上ないがな」
「仏法とやらを弘めるため、この天地へ遣わされたろうに、如来に抗うとは面白い」
「ふん、仏法なんぞ名前すら聞きたくはない」
「それでも、私たちに協力してはいただけるのですね?」
神皇産霊が溜め息を吐くと、第六天は天照の頭に顎を載っけた。
「神仏など知らんしどうでも良い。俺はこいつに手を貸すだけだ。それを証す誓書の代わりにこれをやる」
そう言って彼は自身の指輪を外し、それを天照の指に嵌めた。
その指輪には玉の印璽が付いていた。
見惚れる天照に第六天が告げた。
「その玉璽は俺が幻力を込めた法璽だ」
「綺麗じゃのう」
二人の遣り取りを眺めながら、高皇産霊がにやりと笑って言った。
「まるで夫婦の証のようだな」
その言葉に天照の白い首筋がじわりと朱に染まった。
「なななななっ……!?」
「高皇産霊、この子に変なことを吹き込むんじゃありません」
青筋を立てて神皇産霊が高皇産霊に微笑みかけ、それを豊受が宥めた。
「まあまあ、確かに急すぎる話だけさ、そうかと言って頭ごなしに叱り付けるのも違うんじゃないのかい?」
「うっ……」
理屈としては尤もだったので、神皇産霊も不本意ながら矛を収めた。
ただし、高皇産霊と豊受も天照と第六天の関係を全面的に認めているわけではなかった。
高天原が取り組まなければならない問題はまだまだ山積みで、責任感の強い天照がそのことを忘れるという心配はなかったが、初恋で判断が狂わぬとも限らなかった。
「……まずは節度あるお付き合いからです」
高天原にいられてはそれを望むべくもなかったので、第六天は日高見国に移らされた。
日高見は八洲と加伊の間にある常世だった。
常世ならば天人としても異質すぎる第六天が変に目立つことは少なかろうという判断だ。
典拠は以下の通りです。
天照大御神が津島を牛頭天王たちの在所と認める:「牛頭天王祭文」
第六天魔王と大日如来に関わりがある:『高野物語』
第六天魔王が仏法を忌避する:『沙石集』
天照大御神が誓約の証に第六天魔王から法璽を与えられる:『日本書紀私見聞』
天照大御神が第六天魔王より貰い受けた法璽が玉で作られている:『神道集』
第六天魔王が天照大御神を守ると誓う:『太平記』
第六天魔王が伊邪那岐神と伊邪那美神の娘を娶る:『古今和歌集灌頂口伝』




