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日本神紀  作者: flat face
巻第四 天神本紀 忍穂耳
95/228

第九十四段 破垂魔

 不快だった。

 第六天は怒り狂っていた。

 その怒りに促されるまま周囲に災厄をばらまいた。


 如来なるわけの分からない存在の勝手な都合に付き合わされ、見知らぬ土地で煩わしい他者を相手にしなければならないのは、どうしたわけだ。

 しかも、こいつらは自分たちから俺の視界に入っておきながら、それに俺が腹を立てると、さも俺に原因があるかのごとく襲い掛かってくる。


 ああ、お前らは頭がおかしいのか?

 異常な奴らのせいで降り掛かる火の粉を払い除ければ、そいつらの力が俺にくっついてくる。

 その感触に不快さが増し、なおさら怒りを募らせる。


 それを相手にぶつけても接触が増えて根本的な解決にはならなかった。

 しかし、逃げ回るのも他者を意識した行動で、第六天を苛立たせることに変わりはなかった。

 それに、静かな場所へ逃げ込んでもそれ故に遠くの他者の存在が敏感に感じられ、苛立ちは一向に収まらなかった。


 そして、その苛立ちが爆発すると、それによって更にまた火に油が注がれる。

 これまで自他の区別がなかった第六天には他者がただただ不快で、そこに共感はなく、あるのは拒否の感情だけだった。

 他化自在天の魔王として完成されていた第六天に共感の育つ余地はなかった。


 だから、彼女との出会いは第六天の在り方に根源的な断絶をもたらしてしまった。


「……!?」


 目の前に彼女が現れた時、他の者たちに対するのと同じように第六天の幻力が自動的に発動された。

 それは自他の快楽を共有してきた第六天にとって習性のようなものだった。

 だが、彼女の能力もまた自動的に発動された。



 但馬に降り立った天照は、日槍たちを守るように袖を広げた。


「……わざわざこのようなところに顔を出すとは穴牟遅は負けたのか?」


「まずそれを訊くとは相変わらずじゃな。まあ、良い。穴牟遅はあやつらしい負け方をしよったわ」


 その答えに日槍は口元を僅かに緩めた。


「そうか。なら、この場で直ぐに仇を討つのは止めてやろう。後で詳しい話を聞かねばならんからな」


 剣呑な会話に淡島が牽制を入れた。


「妹に手を出したら許しませんからね?」


 淡島の言葉に天照は少し恥ずかしそうながらも嬉しげな表情を見せたが、日槍の方はけんもほろろだった。


「部外者は口を挟まんでもらおう」


「ひとまず話はあれを止めてからにしないか?」


 言い争いになりかねないのを天王が止め、皆の意識を目下の問題に向かわせた。

 今は東大神族が遠巻きに足留めしていたが、それが突破されるのも時間の問題だった。

 但馬を治める身としても同盟者の穴牟遅がどうなったか、気に掛かるのも仕方なかったが、取り敢えず眼前の脅威を取り去らねばならなかった。


「そうじゃの。あやつの能力については聞いとるから、ここは私に任せてくれんか? 力を同調させられる私の呪能なら、どうにか出来るかも知れん」


 一人で立ち向かおうとする天照に淡島は反対の声を上げたかったが、皆のことを考えればそれは叶わなかった。

 これまで敵を倒すのに有効な手立ては何も打てていなかったのだから、望みがあるなら試すべきだった。

 天王たちも天照の案に賛成した。


 そうして天照は彼の前に出た。

 すると、相手が能力を振るい、天照の呪能も自動的に発動した。

 そのこと、第六天に取り返しの付かない影響を与えた。


「っ!?」


 しかし、それは天照に対しても同様だった。



 第六天の幻力は他者の能力を奪って自己のものにした。

 天照の呪能は自己の内に他者の力を含んで自他を同調させられた。

 天照が予想した通り第六天に呪能を略奪されても彼女はその幻力と同調し、自身の力と繋がりを保つことが出来た。


 第六天の幻力に天照の呪能は上手く噛み合った。


「……何だ?」


「これは……!」


 いや、噛み合いすぎた。

 同調という天照の呪能を取り込んだ第六天は、他者に共感することを初めて知った。

 天照も第六天と同調し、彼の心が流れ込んできた。


 母や弟を通し、喪失という感情を知った天照は、満ち足りた世界を失った第六天に心底から共感した。

 その気持ちが第六天に還元され、自足の殻を破られてただただ他者が厭わしかった彼は、分かり合えたと思える喜びを教えられた。

 そうした感応が合わせ鏡のごとく幾重にも生じ、二人とも相手から目が離せなくなった。


「……」


 やがて第六天が天照に手を伸ばした。

 彼が猛威を振るわなくなったばかりか、接触を求めてきたことに周囲がざわついた。

 そのような周りの反応を余所に天照もおずおずと第六天に手を伸ばした。


 二人の指が触れ合うと、天照の指がぴくりと跳ねたが、第六天の指が絡め取った。

 それに天照は目を丸くした。

 しかし、不思議そうにしている第六天を見ると、顔を綻ばせて桜色に頬を染めた。


 天照の微笑みにはこれまでにない艶やかさがあった。


「ふふっ」


 その光景に周囲は唖然とした。

 第六天の猛威が鎮められたのも驚きだったが、彼と天照の間に流れる空気も信じがたいものだった。

 それでも、危機は去ったのだから受け入れる他はなかった。


 高天原の実力を見せ付けた天照は、出雲の同盟国であった但馬にも沙汰を下した。

 日槍は引き続き但馬を治めることを認められた。

 だが、高天原がこれから葦原中国に築く新しい体制に加わるよう求められた。


典拠は以下の通りです。


第六天魔王が神人たちを驚かせ、天照大御神が袖で覆って守る:『幕一流之書』

天照大御神が第六天魔王と対決する:『平家物語』


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