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日本神紀  作者: flat face
巻第四 天神本紀 忍穂耳
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第八十九段 所造天下大神

 事代主たちが大打撃を受けたとの報せは即座に穴牟遅へ伝えられた。

 報告は彼らが未だ抗戦しているとも言い添えたが、打ち負かされるのも時間の問題であるのは明白だった。

 予想を遙かに上回る建御雷と経津主の実力は、穴牟遅の目論見を根底から覆した。


 早急に新たな方針を立てねばならなかった。

 穴牟遅は前線に出ていない百八十神や須勢理も交えて協議した。

 ところが、考える暇さえ与えぬとばかりに更なる凶報が飛び込んできた。


「大物主が協定を破っただと!?」


 不戦を誓ったはずの大物主が大和から出雲の勢力圏へと進軍し、それに呼応してその傘下にない他神たちも蜂起したのだ。


「日槍は何をやっている?」


 協定は違反者を共同して罰することになっていた。

 日槍までもが誓いを破ったというのか。

 しかし、穴牟遅の予想とは異なり、現実はより混沌たる様相を呈していた。


 謎の天人が但馬に現れ、そこを荒らし回っている。

 その対処に逐われて日槍は大物主に構っていられなかった。

 扱いやすい日槍を油断ならぬ大物主の牽制に利用する策は破綻した。


 天津神や地主神だけではなく、大物主ら他神たちまでもが敵に回った。

 完全に穴牟遅は追い詰められていた。

 またも裏切られたのかという怒りが湧き、それが挫折や後悔、絶望などと混じり合って穴牟遅の判断力を狂わせた。


「……信頼できる者たちだけを連れてここを去る」


 その決定に須勢理たちは耳を疑った。

 それは出雲の民と国を棄てると言ったも同然だった。

 それに、事代主らこの場にいない百八十神はまだ戦っていた。



 大物主の進軍は圧巻だった。

 彼女が蜂起させた他神は、神人だけではなくて神鬼らもおり、鬼には目一鬼まひとつおにという巨鬼も見られ、その進撃は地滑りを思わせた。

 そのような鬼らを大物主は自ら率いた。


 彼女は物の怪の力を神として祀り、生命のないものを魑魅魍魎に変化させられた。

 路傍の石や打ち捨てられた異形と化し、黄泉神のごとく猛威を振るった。

 しかも、荒れ狂う黄泉神と違い、それらは大物主の統制に服した。


 魑魅魍魎は他神と列をなし、出雲の勢力圏を我が物顔に進んだ。


「君が根回ししてくれたおかげでほんと楽ちんね」


 木馬の異形に跨がり、大物主は傍らを振り返って笑った。


「別に大したことはしてねえよ。単にあいつらがちょろかっただけだろ。買い被んのは気持ち悪いから止めろって」


 こちらは竹馬の異形に乗り、探女が大物主に応えた。

 大物主は第六天を但馬に誘導して日槍に押し付けただけではなく、出雲の地主神と密約を結んでいた。

 もし穴牟遅の打倒に協力すれば、他神は利権の拡大が約束され、探女が両者の仲介を務めた。


「誇れば良いところを素直じゃないというか天邪鬼ね。それとも、後ろめたいのかしら? 中身はどうあれ、形としては素戔嗚の継嗣を裏切り、その国を売ったんだから」


「……そう言うお前は喧嘩を売ってんのか?」


「やれやれ、他神がどこかに愛着を持ったって虚しいだけよ?」


 本気で怒った様子の探女に大物主は苦笑した。



 前線にいない百八十神も集まった中、須勢理が穴牟遅に食い下がった。


「あいつらを見棄てるってのかよ、穴牟遅!?」


「態勢を立て直していずれ奪還するまでの辛抱だ」


「それがいつになるか分かんねえんだろ?」


 彼らは今を必死に生きている。

 だから、どれだけ不利な状況であっても全力を尽くしているのだ。

 そのような百八十神を支えている民もそうだ。


 それは皆が穴牟遅を信じるからこそ成り立っていた。

 その穴牟遅が我先に逃げればどうなる?

 逃亡が策略となることは確かにあるだろう。


 しかし、そう言えるのは庇護すべき存在を護ってこそだ。

 今の穴牟遅は皆を捨て駒のように扱おうとしていた。

 碌に打開策を描けず、前線の兵を時間稼ぎとしか見ていないのだから。


「いつになろうとも私は諦めない。私の意志からこの国は生まれた。ならば、諦めぬ限り出雲は滅びん」


 彼は須勢理に腕を掴まれてもそれを振り払って告げた。

 かつて彦名にそうしたように。

 大切な同志を失ってでも立ち続けた自負を以て。


「国も民も私の中にある。私は天下を造らしし大神だ。今はその地位を逐われても必ず返り咲いて──」


 だが、穴牟遅は皆まで言えなかった。

 須勢理に思い切り殴り飛ばされたからだ。

 余りのことに周囲は絶句した。


「そんなのが……」


 それでも、須勢理が止まることはなかった。


「そんなのがテメエの造りたかった国なのかよ!?」


 違うだろう。

 あの日に約束してくれた国は、そのようなものではなかった。

 穴牟遅という男が魅せてくれた夢は、もっと輝いていたはずだ。


「どこに行く気だ、須勢理?」


 踵を返した須勢理に穴牟遅が問うた。


「事代主たちを助けに行く」


「馬鹿は止めろ」


 お前まで去ろうと言うのか。


「意地があんだよ、義母親には」


 あの子たちはこんな自分を義親と慕ってくれた。

 勝手に親許から引き離して母親面をした自分がそれにどうして報いないでいられようか。

 穴牟遅の妻としてそのような無様は晒せない。


「一番テメエの近くで走んのはオレだって言っただろ」


 本人が棄てた初志にも殉じようではないか。


典拠は以下の通りです。


出雲国に目一鬼が現れる:『出雲国風土記』


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