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日本神紀  作者: flat face
巻第四 天神本紀 忍穂耳
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第八十八段 御神渡り

 事代主は自身をも依り代とし、別の人格を憑依させることが出来た。

 通常、依り代の分身は事代主と人格を共有していた。

 しかし、複数の依り代それぞれに異なる人格を憑依させられた。


 そうした場合、依り代たちは本体である事代主が制御していたので、彼の中には実質的に幾つもの人格が同居することになった。

 それは自身に呪いを掛けるようなもので、事代主の精神に多大な負担を強い、下手をすれば呪力が暴走しかねなかった。

 そのようなことが起こったら、黄泉神と化すことも有り得た。


 それでも、試す価値はあった。


「ああ、もう、ややこしいったらありゃしない!」


 経津主が襲い掛かる柴垣を避けながら悪態を吐いた。

 建御雷ともども青柴垣に呑み込まれたが、彼が雷の刃を振るって焼き払ったので、ひとまず脱出することは出来た。

 だが、経津主はそれまでのように事代主の動きを見切れなかった。


 同じ戦法を取っても人格が異なれば動きも違った。

 しかも、事代主は依り代に憑依させる人格の組み合わせを細かく変えた。

 そうすることによって負担が増したけれども効果はあった。


 経津主は相手の動きを十全に見切っていないと、その呪能を行使できなかった。

 また、見切る前に動きが変わると、また初めからやり直しだった。

 事代主の覚悟が突破口を開いた。


 仮に自分が黄泉神となっても事代主は穴牟遅が勝利するのならばそれで良かった。

 彼が勝ち残るのなら出雲は存続するだろう。

 そこに実現されるもののために事代主は戦っていた。



 事代主が生まれた宗像むなかたは四方に拓かれ、海路を漂って寄り付くものを拒まず、様々な人を受け入れた。

 そのことは事代主の呪能にも影響を与え、自身に様々な人格を依り憑かせられた。

 しかし、未だ幼かった頃の事代主はそれに慣れておらず、人格を豹変させても周囲を驚かせ、自らも己が何者であるか分からなくなって恐怖した。


 それに転機が訪れたのは、穴牟遅が宗像にやってきてからのことだった。

 出雲は筑紫島の北部にも勢力を伸ばし、穴牟遅は宗像の女王であった湍津姫と同盟した。

 湍津姫は天照と素戔嗚の誓約によって生まれ、素戔嗚と共に天降り、その功業を見知っていたため、素戔嗚が継嗣と認めた穴牟遅との同盟を受け入れた。


 同盟の証として彼女は我が子の誰かを人質に差し出さねばならなかった。

 穴牟遅は湍津姫の息子たる事代主のことを聞くと、彼を人質に求めた。 

人質といえども穴牟遅の養子として遇されるので、湍津姫たちばかりか事代主も驚いた。


 事代主は穴牟遅に訴えた。


「ボクなんかが養子になったって役に立ちませんし、みんなに迷惑を掛けるだけです」


 それに対して穴牟遅は膝を突き、事代主と目線を合わせて告げた。


「お前が出雲の役に立つのではない。出雲がお前の役に立つ。私が造りたいのはそうした国だ」


 思い掛けない言葉に事代主は目を丸くした。


「初めは苦労を掛けるかも知れない。だが、私は出雲をより万人に開かれた国にしたい。それに力を貸してくれないか?」


 事代主にとって真剣に頼られたのはこれが初めてだった。

 それまで事代主は護られてばかりだった。

 大切にされていたとも言えるが、何かに積極的な取り組みを見せることもなかった。



 穴牟遅の養子となった事代主は、出雲で修行に明け暮れ、己の呪能を真に我が物とし、百八十神の筆頭にまで登り詰めた。


「今だ!」


「承知した」


 その力を振り絞り、彼は青柴垣の顎門を建御雷に食らい付かせた。 

建御雷は雷の刃で柴垣を焼き払おうとした。

 しかし、事代主の掛け声に呼応した建御名方と八坂刀売がそれを許さなかった。


 建御名方が目にも留まらぬ速さで柴垣を液状化させ、八坂刀売がそれを一瞬で結氷させた。

 水温を操れる八坂刀売は、水分の温度を上昇させるだけではなく、下降させることも出来た。

 極限まで温度が下降すれば、物質の運動は限りなく小さなものとなった。


 完全に停止することはなかったが、その点も抜かりはなかった。

 事代主たちの周りを固める神人たちも、伊達に彼らの補佐を穴牟遅から任されているわけではなく、次々と呪符を放って封印を施した。

 今度は建御雷の動きが大きく制限されていたため、封印の破られることはなかった。


 これで残るは経津主のみだった。

 建御雷と経津主は二人が組むことで互いの力を何倍にも高めた。

 それは裏を返せば、どちらか一方が欠けてしまうと、もう片方の力も大いに弱まってしまうことを意味した。


 既に事代主たちは疲弊しきっていたが、この勢いで経津主も倒せるかと思われた。


「やっとどいつが本体か見切れたよ」


 だが、彼らは失策を犯していた。

 建御雷と経津主は同時に叩いておかなければならなかった。

 たとえ一時であっても建御雷だけに意識を集中させた、隙が生まれてしまった。


「事代主!?」


 その隙を突き、経津主の刀が事代主を貫いた。

 それは依り代による分身ではなく本物の事代主だった。

 刺さった刀身を抜き、経津主が事も無げに言った。


「色んな動きを分身にさせてるとさ、そっちに注意が行ってるからか、分身を操ってる本物の動きが分かりやすくなるんだよな」


 そうして経津主は事代主を斬り捨て、彼を海に叩き落とした。

 それによって事代主の呪能が解除され、建御雷を拘束していた柴垣も消えてしまった。

 復活した建御雷は直ぐさま状況を把握し、建御名方と八坂刀売に雷の刃を振るった。


「面倒を掛けたようだな、経津主」


「気にすんなって、アニキ」


 歯を見せて経津主はにししと笑った。


典拠は以下の通りです。


天逆手が呪いとなる:『伊勢物語』


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