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日本神紀  作者: flat face
巻第四 天神本紀 忍穂耳
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第八十七段 天逆手

 雷の刃に吹き飛ばされて事代主は依り代であったがゆえに木片へ戻り、建御名方と八坂刀売は海に叩き付けられ、海面に浮かぶ二人に経津主が言った。


「アニキに倣ってオイラも教えてやるよ。オイラが神として祀るのは刀剣の力さ。相手の動きを見切ったら、その枠内にある動作は、それがあったという事実を斬り捨ててなかったことに出来る」


 経津主はそう事も無げに説明したが、それは決して並大抵のことではなかった。

 その呪能を駆使するには相手の全てを解析し、反撃の可能性を断つほどの高度な計算能力が必要だった。

 もっとも、そのようなことをやり遂げられるからこそ経津主は建御雷の相棒を務められた。


 雷は実体として掴むことが叶わず、それでいて強大な破壊力を有した。

 建御雷は自身の体やその武器をそうした雷に変えることが出来た。

 彼は雷光のように掴み所がなく、雷霆のごとく暴力的に圧倒した。


 雷と化した建御雷は、顕在する力それ自体であると言い得た。

 力そのものには善悪がないように彼はそれを振るうことに疑念を抱かなかった。

 高天原の命令があれば、躊躇なく暴力を行使し、任務を愚直に遂行しようとした。


 ただし、建御雷の力は確かに強大だったが、その戦い方が余りに正攻法であるため、対処できるかどうかは別にして行動を読みやすいという短所があった。

 そして、経津主は建御雷の動きに付いていけるだけではなく、彼に不利な状況が生じる可能性を断ち切ることが出来た。

 二人の呪能は恐ろしいまでに相性が良かった。


「見切るまで時間は掛かるし、そう何度も使うことは出来ないけど、二・三回アニキの攻撃を食らったら終わりだかんな」


 実際、事代主の依り代が盾となり、直撃を避けたとは言え、建御名方と八坂刀売は浅からぬ傷を負っていた。



 蜂起した地主神らを鎮圧するため、穴牟遅は彼らに百八十神を差し向けた。

 しかし、同じく反乱を起こしている出雲の勢力圏にも派兵しなければならなかったので、人員が不足していた。

 そうした中、彼は八上姫や沼河姫の監視にも人を割いた。


 表向きは客人を保護するという理由で須勢理が応対に当たったが、本音は故郷での反乱に彼女らが協力するのを恐れてのことだった。

 そのせいで人手がより少なくなり、穴牟遅の猜疑心が彼自身をなおさら追い詰めた。

 諸国の反乱はそこに駐屯する百八十神に任せ、まずは大年たちを叩いてお膝元の出雲を安定させようとした。


 ところが、穴牟遅は差し向けた百八十神の報告から意外な事実を知った。


「飛蝗だと?」


 聞けば飛蝗の大群がこちらに押し寄せているとのことだった。

 その飛蝗は数が多いだけではなく、黄泉神のごとく狂暴であって手に負えなかった。

 また、飛蝗の大群は一人の神人が従えていたと報告され、その特徴を聞いて穴牟遅は驚いた。


「……播磨から出てきたのか」


 それは穴牟遅の妹である玉津日女のものと一致した。

 それ故に飛蝗のことも合点が行った。玉津日女は地霊の力を神として祀り、土地の生き物に宿る霊力を引き出してその地に術を掛けられた。

 かつて播磨で穴牟遅と争った時、彼女は鹿の血による霧で身を隠した。


 穴牟遅の呪能は知覚できる範囲でしか情報を改竄できなかった。

 逃げに徹した玉津日女は、兄から把握される前に遠くへ去った。

 そのような妹が同じ呪能によりこの度は自ら攻めてきた。


「須勢理に領巾を借りてこい」


 根国の百足や蜂さえ退ける領巾を須勢理は嫁入り道具に持参していた。

 それは広矛や三種宝と並んで穴牟遅の権威を保証するものだった。

 それを投入しなければならぬほど穴牟遅は窮地にあった。



 直撃は避けられたものの建御雷の雷撃を受け、建御名方は八坂刀売ともども柔らかい葦の芽が握り潰されたかのようにぼろぼろだったが、それでも、音を上げずに事代主へ問うた。


「あれをどう突き崩す?」


 青柴垣に隠れて依り代を繰り出していた事代主だけは、まだ手傷を負っていなかった。

 しかし、事代主のみで建御雷と経津主を倒せるわけもなく、建御名方と八坂刀売の助力は不可欠だった。

 その二人が後どれくらい持つか分からないのだから、無謀な真似は出来なかった。


「……天逆手あまのさかてを打つ他ないな」


 眉を上げて建御名方は何か言いかけたが、それを事代主は片手で制した。


「既にオレたちの動きは見切られてる。なら、見切られてない動きをするしかないだろ。そうするには天逆手を打つ以外に方法はあるか?」


 大したことではないとでも言うかのように彼は笑ってみせた。


「もしオレに何かあればオマエたちは撤退しろ。あの二人を相手しろというのがお頭の命令だった。それが三人になれば話は別だ」


「ねえ、一体これから何を……?」


 事情が分からぬ八坂刀売が口を挟んだが、それは彼女だけではなかった。


「そろそろ話はまとまったか?」


 正々堂々と事代主たちを降すため、律儀に待っていた経津主が彼らに問い掛けた。


「ああ、吠え面を掻かせてやる」


 そう答えることで事代主は建御名方の懸念と八坂刀売の疑問を押し切った。


「建御名方、事代主は何をするつもりなの?」


「柏手には魂を集める作用もある。それを天逆手は逆さに打つ。そうすればどうなる?」


「魂を散らすことが出来る?」


 事代主の依り代たちが一斉に建御雷と経津主に襲い掛かった。

 依り代たちが一塊に攻撃してきたので、建御雷に一掃させるべく経津主は呪能を発動した。

 だが、何故か依り代たちの動きは斬り捨てられなかった。


(動きがどれもさっきまでと違う!)


 依り代たちから放たれた柴垣が彼らを呑み込んだ。


典拠は以下の通りです。


大穴牟遅神が大年神から蝗を放たれる:『古語拾遺』


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