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日本神紀  作者: flat face
巻第四 天神本紀 忍穂耳
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第八十六段 恩頼

 事代主が建御名方を守るように青柴垣を展開させた。

 青柴垣は建御雷の双剣に難なく切り裂かれたが、その刃から建御名方が逃れる時間は稼いだ。

 そればかりか建御名方は建御雷に刀を振るって反撃した。


 しかし、建御雷の体が放電するような音と共に青白く光ったかと思えば、一瞬でその姿が掻き消え、建御名方の攻撃は空振りに終わった。

 そのことに建御名方は驚いたが、背後に凄まじい殺気を感じ、振り向き様に横薙ぎの一閃を放った。

 それを二本の青白い光が受け止めた。


 そこにいたのは建御雷だった。


「この一撃で仕留めようとしたがゆえにその気配を読まれたか」


 そして、青白く光る建御雷の双剣が落雷のような火花と轟音を放って建御名方を吹き飛ばした。


「建御名方ちゃん!?」


 八坂刀売が血相を変えて建御名方を受け止めた。


「雷の力を神として祀るのか?」


 経津主の斬撃をいなしながら、事代主が分析を加えた。


「そうだ、我は体や剣を雷に変えられる。肉体が雷と化せば、その速度は雷速に等しく、振るう刃は雷撃となる。もっとも、体が雷となっている間は刃を振るえず、元の体に戻る際には動けんが」


「短所まで教えるとは口の軽い奴だな」


「訊かれたから包み隠さずに答えたまでだ」


 建御雷の言葉は偽らざる本心で、堂々たる勝利のために隠し立てはしなかった。



 出雲で蜂起した地主神らは、大年を首班とした。

 大年の親分であった市比売いちひめはかつて素戔嗚の女房役を務めたこともあった。

 大年の一族郎党は大いに栄えており、その中には韓神からのかみ曾富理神そほりのかみら他神もいた。


(大年が糾合した勢力はそれだけではない)


 反乱の拠点で評定に参加しながら、穂日はその面々を観察した。

 大年ら地主神たちや他神の間に玉津日女の姿も見られた。

 彼女の近くには火明もいた。


 火明は百八十神の一員だったが、三丹での造反を許した咎で離島に追放されていた。

 そこから脱出した彼は、穴牟遅と敵対する道を選んだが、その理想まで否定してはいなかった。

 今の穴牟遅ではその理想を叶えられないと判断したから立ち上がったのだ。


 これは穴牟遅を支持する層を取り込むのに効果的だった。

 穴牟遅の理想に共感しつつも現状の彼に疑問を抱く者も少なくはなかった。

 そうした神人たちに玉津日女や火明は蜂起への参加を呼び掛けた。


 もっとも、それは穴牟遅に反旗を翻しながらもその権威から脱却できないでいる証拠だった。

 穴牟遅が示した理想の本道に立ち戻れと言うばかりで、それに代わりうるものを提示できなかった。

 そのような有り様で穴牟遅を除いても混乱しか招かぬことは、大年もまた自覚していた。


「穴牟遅がああなったのは、僕たち古参にも責任がある。個々の土地は整序できても葦原中国そのものをどうしていくのか示せず、八十神が国の境を越えて跋扈するのを許した。そして、それを穴牟遅が解決しても今度は彼の恩頼みたまのふゆに頼りすぎた」


 神威がもたらす恩恵を恩頼と言い、穴牟遅のそれほど大きなものは葦原中国に存在しなかった。

 国津神で初めて穴牟遅が葦原中国そのものを視野に入れた行動を取り、それまでは大年のように強力な神人であっても特定の地域に割拠するのが普通だった。

 それは神皇産霊の息子たちである八尋鉾長依日子命やひろほこながよりひこのみこと天津枳値可美高日子命あまつきちかみたかひこのみことのような国津神となった天津神も変わらなかった。


「僕たちには全国的な視野がない。だから、高天原より地上を俯瞰する天津神らから力を借りることもしよう。しかし、それは高天原の企てに手を貸す見返りとしてだ」


 そう大年に告げられた穂日は、飽く迄も対等の立場を主張する相手に対し、表向きは理解を示しつつ、腹の内ではどう高天原に都合の良いようことを運ぶか考え続けた。



 八坂刀売に受け止められた建御名方は、建御雷に吹き飛ばされたものの正気を保っており、直ぐさま態勢を立て直した。

 そのような建御名方に対し、周囲に控えていた出雲の神人たちが新たな刀を投げて寄越した。

 彼らは建御雷たちとの戦闘に付いていけなかったので、事代主たちの補助に回ることしか出来なかった。


 再び建御雷の体が雷となって姿を消した。

 すると、今度は事代主の背後に現れ、彼を双剣で斬り付けた。

 しかし、その事代主は依り代が化けたもので、柴垣が焼き払われるだけで終わった。


 別の事代主が建御名方と八坂刀売に叫んだ。


「柴の蒸散を助けてくれ!」


 それだけで二人は事代主の意図するところを察した。

 事代主が柴を急速に蒸散させ、建御名方が柴垣を液状化し、八坂刀売がその水分を爆発的な勢いで水蒸気に変えた。

 それらの蒸気が混じり合って辺りを満たした。


 そこでは三人の呪力が同調し、彼らはそれと異なる力が走るのを容易く感じ取れ、それは瞬間的な移動だったが、その雷が建御雷の体に戻るには少しの間があった。


「そこだ!」


 その一瞬を見逃さず、事代主たちは姿を現した建御雷を襲い、元の体に戻ろうとしている建御雷は、事代主たちの攻撃を回避できなかった。


「そう動くと見切ってたさ」


 だが、建御雷の害されるのを経津主が許さなかった。



「!?」


 最初、事代主たちはわけが分からなかった。

 確かに彼らは建御雷を攻撃していた。

 ところが、気が付けばそのようなことをしていなかった。


「だから、それを斬らせてもらったかんな」


 瞬時に事代主は自分たちを守るための柴垣を展開させたが、雷の刃が彼らを吹き飛ばした。


典拠は以下の通りです。


神皇産霊尊の息子たちに国津神である八尋鉾長依日子命と天津枳値可美高日子命がいる:『出雲国風土記』


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