第八十三段 伊那佐之小浜
突然、出雲の空を黒雲が覆い、真っ白な稲光と共に雷鳴が鳴り響いた。
雷に輝く空を漕ぎながら、鳥之石楠船が伊那佐之小浜に姿を現した。
伊那佐之小浜は南に薗之長浜があり、その一帯は素戔嗚の子分であった臣津野によって造られた。
出雲が小さい国であることに悩んでいた臣津野は、余っている土地を見付け、それを足すことで国土を広げようとした。
彼は韓郷と越に土地を見付け、それぞれの大地に鋤を差し込んだ。
それから、切り離した土地に綱を掛け、「国よ、来い」と声を発しながら引っ張り、出雲の国土に縫い付けた。
そして、国引きが完了した印に「おう」と言い放ち、杖を大地に突いた。
そのような土地の一角たる伊那佐之小浜に鳥之石楠船は現れたのだ。
巨大な船が雲を切り裂き、天から飛来したことに国津神らの空気は張り詰めた。
国津神らは鳥之石楠船の姿を追い、船が着水した伊那佐之小浜に集まった。
穴牟遅も報せを受け、兵を従えて浜に来た。
鳥之石楠船から建御雷が姿を見せた。
彼が腰から剣を引き抜くと、国津神らが一斉に殺気立った。
建御雷は剣を逆さにし、強烈な落雷と共にそれを波打ち際の砂浜に突き立て、船から飛び降りて剣先の上で胡座を掻いた。
それは建御雷にとって何気ない仕草だったのだが、周囲にはそれだけで威圧感を与えた。
建御雷が穴牟遅を見据えて口を開いた。
「我が名は建御雷神。天照大御神と高皇産霊尊の使いで来た。汝が大穴牟遅神とお見受けする」
「如何にも」
受け答えする穴牟遅の後ろで国津神らがざわついた。
建御雷の噂は国津神らの間にも轟いていた。
高天原には別天津神や三貴子にも匹敵する武神がいると。
「高天原は調査の結果、汝の統治には問題があると判断した。葦原中国に混沌をもたらしたばかりか、天津神を籠絡して高天原からの使者に弓を引かせた。それゆえ、汝への委任を停止し、天津神が統治を引き継ぐ」
国津神らのざわめきが抗議の声に変わった。
建御雷の言葉は余りにも単刀直入だった。
幾ら建御雷が恐ろしげであっても彼に唯々諾々と従っては出雲の尊厳が損なわれた。
「無論、汝の功績を全て否定するつもりはない。潔く国を譲るのなら、誰一人として責任は追及しないし、名誉ある地位を保証しよう。しかし、決定に逆らうならば武力行使も辞さないつもりだ」
次に高天原は武力で攻めてきてもおかしくはないだろうと穴牟遅も覚悟していたが、遂にその時が来たと悟った。
◆
建御雷は稚彦のように懐柔できそうにもなかった。
しかし、抵抗すれば国を挙げ、全力で戦わねばならぬであろう相手だったし、そうなったら地上は焼け野原となるかも知れなかった。
当然ながら穴牟遅に大人しく国を譲るつもりなどなかった。
ここで引いては帝王としての誇りが失われた。
拠点たる出雲を守り、そこに君臨して国造りを指揮するためなら、穴牟遅は犠牲を厭わぬ覚悟でいた。
彼はこれからも大国主として立ち続けなければならなかった。
そう己に課していた。
それは使命感とばかりも言い切れなかった。
過去の境遇から理想を紡いだ穴牟遅は、それ故にかつての劣等感を引き摺りながら夢を追い、両者が混ざり合っていた。
そのせいで彼は無力であった時代と決別するため、何を切り捨てても絶対者たらねばならぬと盲信するようになった。
「高天原から委任された統治だが、それを私だけで回しているわけではなく、特に事代主神と建御名方命からは常日頃から助けられている。少なくともその二人から意見を聞かねば、不義理というものだ。奴らを喚ぶのに暫し時間を頂きたい」
信義とて切り捨てても構わなかった。
出雲における決定に穴牟遅は誰の同意も必要としなかった。
だが、策を巡らして嘘を吐いた。
「その気遣いは無用だ。こちらから会いに行く。場所を教えてほしい」
しかしながら、建御雷は空気を読まなかった。
相手の発言にどのような意図があるかを考えず、与えられた命令だけをただ遵守しようとした。
それに実力が伴ってもいるのだから、厄介なことこの上なく、そうであるから思兼も建御雷を推したところがあった。
いたずらに相手と交渉してはその土俵に載せられ、良いように扱われてしまう。
それによって稚彦は取り込まれ、穂日も表立っては行動できず、忍穂耳さえ高天原に報告するのがやっとだった。
力のある馬鹿ほど困る存在はなく、馬鹿と鋏は使いようだった。
「美保之碕だ」
もっとも、穴牟遅とて建御雷がそう出るとは予想していた。
空気を読まぬ建御雷の行動は、忖度のような外部からの影響がない分、その理屈さえ掴めれば単純だった。
そして、それに応じた策を穴牟遅は即座に用意した。
◆
鳥之石楠船に戻った建御雷は、天鳥船に美保之碕へ向かわせた。
「アニキ、どう考えてもあれって時間稼ぎか何かだろ?」
船の上からずっと様子を見ていた経津主が建御雷に問うた。
「正々堂々ことに当たると汝も言ったはずだが?」
建御雷の答えに経津主はきょとんとした。
「どのような企みがあろうと、我らはそれを正面から打ち破るのみだ」
続く言葉が経津主をにやりとさせた。
正面突破のみを方針とし、それには武力行使も辞さない。
単純明快であって経津主も得意とするものだった。
「正攻法で完膚なきまで叩きのめしてこそ奴らも諦めが付くというものだ」
「全力で戦って負ければ、それは名誉の敗北だからな」
彼女は武者震いをした。
高天原で鍛え続けた自分たちの腕前が国津神らにどこまで通用するのか。
彼らを率いるのは高天原にも名を轟かす穴牟遅で、相手にとって不足はなかった。
「それが我らに出来る命令の遵守だ」
建御雷は自身の行動が天照たちの指示に適うと心から信じていた。
典拠は以下の通りです。
八束水臣津野命が韓郷と越国の余っている土地を切り離して引っ張り、出雲国の国土に縫い付ける:『出雲国風土記』




