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日本神紀  作者: flat face
巻第四 天神本紀 忍穂耳
83/228

第八十二段 鳥之石楠船

 穴牟遅の出雲にとって八上姫の因幡や沼河姫の越は同盟国という名の衛星国だった。

 日槍の但馬や大物主の大和は出雲と関係を結んでいたが、その主導下にはなかった。

 それゆえ、日槍が曽尸茂梨から来た他神の一党を但馬に受け入れても穴牟遅は文句も言えなかった。


「祖国に残った同胞たちは息災か?」


 他神の一党というのは天王やその妻子たちだった。


桓雄かんゆう解慕漱かいぼそうが整序していってるよ」


 日槍に問われて天王が挙げた名は、韓郷の造物主である桓因の息子たちのものだった。

 天王の答えに日槍は歪んだ笑みを浮かべた。

 日槍ら東大神族の始祖たる云戞霊明も桓因の娘だったので、色々と思うところがあったのだろう。


「お前もここに馴染んだようだね」


 日槍の山城にて応対された天王は、周囲を見回しながら言った。

 城は韓郷の様式で造られ、その領地も鳥の彫刻を括り付けた長い竿が入り口に立っており、付近の川では東大神族たちが砧を打っていた。

 あたかも韓郷の風景がそのまま八洲に持ってこられたかのようだった。


「ここは水が良い」


 粗く濾した酒を瓢箪の柄杓で陶器の甕から掬い、日槍は本気とも冗談とも取れぬ返答を寄越した。


「土地の水が合ったというより気の合う相手が出来たんじゃないかな? まあ、向こうがどう思っているかは知らないけど」


「ままならぬ相手だからこそ気に掛かるし、そいつにまつわるものに何でも心を惹かれてくる」


 そう述懐して酒を飲む日槍に天王は得心した。

 日槍は空亡の御稜威に引き寄せられて八洲に来たが、それに染まってはおらず、どのような形であれ新天地を見付けられた。

 天王は薬師により八洲に遣わされ、対馬つしまから海流に乗って但馬へと北上し、日槍が空亡の手駒となっている場合には彼を討つつもりだったが、幸いなことに杞憂のようだった。



 日槍が天王たちを受け入れたように大物主も外からやってきた者を通過させようとしていた。

 ただし、それは飽く迄も通過で、日槍のような応対ではなかった。

 そもそも、そのようなものが通じはしなかった。


「下手に風通しが良いと、嵐も来ちゃうのねえ」


 山の高みに座って脚を組んだ大物主は、片肘を突きながら眼下の光景に苦笑した。

 大物主のところに来たのは第六天だった。

 如来たちによって八洲に逐われた第六天は、霧島より海を渡り、熊野くまのを経て大和に入らんとした。


 もっとも、何か当てがあっての遍歴ではなかった。

 第六天にしてみれば、来たくもない八洲にやってこさせられたわけで、一人で満ち足りていた彼が望むのは、破られた平穏の回復だった。


 しかし、第六天の平穏を保障していた孤独は、如来たちのせいで決定的に損なわれていた。

 それまで存在を意識することすらなかった他者が認識され、自己の平穏を脅かす異物に第六天は嫌悪感を催した。

 だが、振り払おうにも空亡の天地は生命が次々と湧き、絶滅させるのも不可能ではなかったが、そのためには相手と長く向き合わなければならず、余所に移る方がまだ耐えられた。


 それでも、終わらぬ流浪には鬱憤が溜まり、海から陸に場所を変えても状況は打開されず、第六天は我慢の限界に達した。

 その爆発を大物主はもろに被ってしまった。

 他神である彼女は自分しかいない状況だったならさっさと逃げ出したのだが、大和の主として国を守らねばならなかった。


「こういったことになるから住み着きたくはなかったんだけど。ま、起きちゃったことは仕方ないか。それに、これは奇貨になるかも」


 大きく伸びをし、大物主は腰を上げた。

 別に高みの見物をしていたわけではなかった。

 巨大すぎる第六天の幻力は慎重に出方を探らねばならず、大物主はそれを見出した。



 日槍と大物主が外から来た者たちとそれぞれ相対している間、建御雷と経津主は鳥之石楠船に乗り、葦原中国に天降っていた。


「いやあ、鳥之石楠船ってあんな風になってたんだな、アニキ!」


 船内のあちこちを見て回った経津主が甲板で素振りをしている建御雷に話し掛けた。


「ああ、そうか」


 興味なさげに建御雷は素振りを続け、その反応に経津主は頬を膨らませた。


「せっかく鳥之石楠船に乗ったんだから見て回らなきゃ勿体ないって」


「我が受けた命令は、穴牟遅に国を譲らせることだ。ならば、すべきことはそのために鍛錬する他ない」


「情報の収集とか作戦は?」


「駒にそんなことは必要か?」


 建御雷の返事に特段の感情は込められていなかった。

 もっとも、そのことに経津主も驚きはしなかった。

 建御雷は自身を駒でしかないと割り切っていた。


 それ以外の分野に己の可能性があるとは考えようともしなかった。いや、考えることを封じ込めていた。それが迦具土の教育がもたらしたものだった。


「ほんと、アニキはオイラがいないと駄目なんだから」


 複雑な表情で苦笑いを浮かべ、経津主は肩を竦めた。

 最初、経津主が建御雷に興味を示したのは、彼の武勇を聞いたからだった。

 手合わせを願った経津主は、建御雷を相手に善戦し、それ以来、天岩屋へ入り浸るようになった。


 それは建御雷が噂に違わぬ益荒男であったことも大いに関係していた。

 しかし、理由はそればかりに限らなかった。

 経津主には建御雷のことが危なっかしくて放ってはおけなかった。


 そのような経津主を建御雷も無碍にはしなかった。

 経津主は建御雷と互角に渡り合ったが、そのような者は数こそ少ないけれども他にもいた。

 だが、建御雷のことを経津主ほど気に掛ける者はおらず、それ故にか建御雷も経津主には他よりも反応を返した。


典拠は以下の通りです。


桓因の息子である桓雄や解慕漱が韓郷に天降って国を造る:『三国遺事』

第六天魔王が大物主神と繋がりを有する:『三輪社平等寺資料』


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