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日本神紀  作者: flat face
巻第四 天神本紀 忍穂耳
82/228

第八十一段 天安河原

 天迦久が建御雷と経津主を天安河原に連れ帰ると、天照たちが二人を出迎えた。

 高天原でも屈指の武神とされる建御雷たちの噂は天津神たちの間にも知れ渡っており、建御雷たちの放つ神威はそれに違わず、天津神たちに彼らならば問題ないという畏怖と安堵の念を抱かせた。

 高皇産霊は建御雷たちが如何ほどのものか試そうと前に進みかけ、神皇産霊に怒った笑顔で引き戻された。


「くれぐれも互いに悔いの残らぬ形で穴牟遅に国を譲らせてほしい」


 天照が建御雷と経津主の手を取って頼んだ。


「承った」


 短く答える建御雷に天照は頷いた。

 天照も葦原中国には様々な思いがあった。

 葦原中国は両親が整序し、弟が名を馳せ、穴牟遅や八上姫が自分と同じく統治に奮闘していた。


 八上姫には穴牟遅が道を誤った時には彼を止めると約束した。

 その約束を果たせねばならぬ時が来た。

 それでも、素戔嗚も認めた男を天照は無碍にしたくはなかった。


「正々堂々やってやらあ!」


 経津主も天照の頼みに対し、無駄に元気な回答を寄越した。

 その自信を天照は信用することにした。

 それには迦具土が二人を推挙したというのも関係していた。


 伊邪那美のことで敢えて日陰の道を歩む迦具土に天照は複雑な思いがあった。

 出来る限りその意思は尊重したかった。

 それに、自身の目で見ても実力は申し分なさそうだったので、出雲へ向かわせることにした。


 そのために天照は天鳥船神あめのとりふねのかみを待機させていた。

 天鳥船あめのとりふね鳥之石楠船とりのいわくすふねを操る天津神だった。

 その船は巨大な戦艦で、圧倒的な戦力差で国津神らが戦意を喪失してくれることが願われた。


 建御雷と経津主を乗せた鳥之石楠船は、天安河原から出雲へと出航した。


「これで出雲は片が付くとして問題はまだまだ山積みです」


 船出を見送りながら思兼が忍穂耳に言った。


「譲らせた後をどう治めるかってことか?」


「いえ、確かにそれもありますが、何やら得体の知れぬ者たちが筑紫島の南北からそれぞれ葦原中国に上陸し、どちらも東に向かっているとの報告がありました」


「……まさか八十神や日槍の同類じゃねえだろな?」


「現時点では未だ調査中です」


 忍穂耳は面倒そうに髪を掻き毟った。



 出雲でも準備が進められていた。


「建御名方ちゃん、ちゃんとご飯食べてる!?」


 八坂刀売が建御名方の手を取って尋ねた。


「要らん世話を焼くのは止めろ」


「情が深くてもそれを出し渋るのがきみの悪い癖だね」


 やろうと思えば振り払えるのに、そうしないで建御名方はぶっきらぼうに応え、事代主がそれに苦笑した。

 越にいるはずの八坂刀売が出雲へ来ているのは、穴牟遅が高天原から出雲を守るために召集したからだった。

 別天津神である高皇産霊までもが出張ってきた以上、国力を総動員して当たらねば勝ち目はなかった。


 出雲はその勢力圏から続々と神人たちが集結し、異様な熱気に包まれていた。

 若い神人ほど穴牟遅の理想に共鳴し、高天原との決戦に興奮していた。

 無論、誰もが乗り気であるわけではなかった。


「そっちも大変だろうに来てくれてすまねえ」


 須勢理が八上姫と沼河姫に詫びた。

 彼女らも穴牟遅に呼び付けられていた。

 女王である彼女たちが留守にしている間、その国は百八十神が派遣されているとは言え、無防備にならざるを得なかったが、穴牟遅による召喚を断るわけには行かなかった。


「気にしてくれなくて良い」


「出雲とは一心同体ですからね」


 動員の要請を拒否すれば、派遣されている百八十神たちが占領軍となって軍政を敷くだけだった。

 そうなれば動員は更に厳しくされていただろう。

 今の穴牟遅ならそれくらいやりかねなかった。


 日槍と戦った時に諸国が離反し、彦名や玉津日女までもが袂を分かったことは、穴牟遅の心に影を落としていた。

 口で言って分からぬなら、拳で従わせる他ない。

 話せば理解してもらえるなどという虫の良い考えにしがみつき、手をこまねくなど愚の骨頂だった。


(それで良いのかよ、穴牟遅……)


 そもそも、八上姫や沼河姫を呼び付けたのも、諸国への干渉を強めるためで、そのような夫の考えを知る須勢理は、彼がそれと理想の均衡をどう取るのか危ぶんでいた。



 馬で丘に登って里を見下ろしながら、穴牟遅が同行していた白兎に尋ねた。


「かつてお前は私が大いなる国の主になると言ったな」


 振り返った穴牟遅に白兎は頷いた。


「それは今の姿のような私を見たのか?」


 日槍に苦戦した経験を活かし、穴牟遅は有事でも揺るがぬ鉄の規律を目指してきた。

 それは高天原との決戦を前にし、勢力圏にいる王たちの参集を可能とした。

 眼下には彼らの引き連れてきた大軍が駐屯しており、そうさせることが出来るのは、帝王をおいて他にいるだろうか。


 穴牟遅は高天原との決戦は不可避であると認識していた。

 稚彦が高天原からの使者に弓を引いたというのは余りにも不自然だった。

 ならば、それには別人の思惑が働いているはずで、あの件で最も得をしたのは高天原だった。


 今頃になって調査に訪れたのは、出雲の征服を狙っているからで、稚彦の一件は高天原に口実を与えた。

 大義名分は得られたのだから今度は力尽くで攻めてくるだろう。

 余り何度も交渉に失敗していては沽券にも関わる。


「……僕が見た貴方はもっと偉大でした」


 白兎の言葉は受け取りようによってはまだ穴牟遅は上り坂にあるとも言えたし、逆に盛りを過ぎたとも解釈できたが、白兎は詳しいことを語らず、馬首を巡らして丘を下っていった。


典拠は以下の通りです。


建御雷神が経津主神と共に高天原の使者として葦原中国に降る:『日本書紀』


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