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日本神紀  作者: flat face
巻第四 天神本紀 忍穂耳
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第七十九段 神議り

 穴牟遅の大国主としての権威は彼の理想や実績など様々な要素に支えられていたが、その呪能によるところが最も大きかった。

 異郷に由来する穴牟遅の呪能は、位置情報の改竄による転移などそのほんの一端に過ぎず、その本質を十全に発揮できれば、この世界の全てを情報の集積体として掌握できた。

 穴牟遅は世界の全てを単なる情報に貶めるほどの高次元に接続し、低次たる実体を操作した。


 それはあたかも筆を持つ者が自在に絵を描くことにも似て圧倒的な力だった。

 しかし、気力も体力も無限に備え、永遠に描き続けることが可能な絵師など存在しない。

 穴牟遅の反則的なほどに強大な呪能もまた無限に行使可能なものではなかった。


 身の丈を超えて巨大な筆を操るようにも似て、呪能の行使は穴牟遅を多大に疲弊せしめた。

 それでいて穴牟遅は身を尽くすほどに力を使い切れば、己は誰をも圧倒する者であるという自負を秘かに肥え太らせていた。

 全ての存在は絵の域を出ず、己のみが描く者であるという傲慢を抱きつつあった。


 そう思ってしまっても仕方ないほどの能力であることもまた事実だった。

 それに、その不遜を代償に穴牟遅が帝王へと至ったこともまた否定できなかった。

 己の能力を知らず、八十神に怯えていた心のままでは君臨する者にはなれなかっただろう。


 穴牟遅の一種の全能感は痛切な無力感と表裏一体で、無力であった過去を否定するために彼は全能の独裁者であらねばならなかった。そして、現にそうであるという証が穴牟遅の君臨する出雲の体制だった。それゆえ、体制の秩序は揺らいではならず、出雲にあるのは秩序のための秩序だった。


 だが、その秩序が高天原により揺るがされていた。

 別天津神が乗り出せば己の呪能を十全には発揮できない穴牟遅では敵わなかった。

 無論、通常の国津神では決して拮抗しえないほど穴牟遅の力は強大だった。


 しかしながら、別天津神や黄泉神と比較すれば抜きん出たとまでは断言できなかった。

 穴牟遅の呪能は国津神が発揮するには余りに呪力を要しすぎ、呪能の性能に彼自身の呪力が追い付かなかった。

 それは大海の水を一本の道から流すようなものだった。


 飽く迄も穴牟遅は国津神で、決して彼がそうありたいと願うような絶対の創造神などではなかった。

 それが独裁者としての穴牟遅の限界だった。

 けれども、そのことを易々と受け入れるくらいなら、最初から大国主など目指してはおらず、穴牟遅は抗う道を探した。



 鳴女は穂日に保護され、治療を受けていた。

 穂日は出雲に侵攻する口実を高天原に与えるため、彼女を探女の呪能で稚彦に攻撃させた。

 それは単に詫びて済むようなものではなかった。


 それゆえ、行動によって報いるべく穂日は大年おおとしと会談した。

 大年は素戔嗚の子分で最も勢力があり、出雲における地主神の長老格だった。

 もっとも、素戔嗚の子分であった上、大御食都姫を配下の羽山戸神はやまとのかみと娶せるなど外部に理解もあった。


 そのような人物と会うのは、穴牟遅による統制を考えれば、本来なら困難であるはずだった。

 しかし、それは綻びつつあった。

 独裁にはやはり無理が伴ったのは勿論、高皇産霊の襲来は出雲を大きく動揺させていた。


 あのような神人が相手では穴牟遅とて駄目かも知れない。

 そうした認識が出雲の体制にひびを入れ、水面下での工作を可能にした。

 足名椎および手摩乳や若比売と接触していたことも、穂日の追い風になった。


「高天原の構想としては国津神を統治から完全に排除するものではないんだね?」


 大年が穂日に問うた。

 癖毛の茶髪を結い上げた大年は、爺臭い胴着をまとった優男で、落ち着いた物腰をしていたが、どこか疲れているようにも見えた。

 それでも、素戔嗚の子分であった神人に穂日は油断しなかった。


「ええ。そもそも、天津神に葦原中国を統治した経験はなく、国を譲らせても代官を通じての間接的な支配しか及ぼせません。高天原とて今回のことはやむを得ぬもので、決して地上の意志を無碍にするなとは我が母の厳命です」 


 素戔嗚の姉による命令というのが効いたのか、大年は後ろを振り向いて言った。


「……ならば、ボクたちは一蓮托生と見なして良いだろう。キミに紹介したい人がいる。これから出雲だけではなく、葦原中国の全てを視野に入れた統治には必要な人材だよ」


 その言葉と共に出てきたのは、桃色の髪を頭の左側で結い上げた乙女で、清々しげな衣を翻しており、その活発そうな顔立ちに穂日はどこか見覚えがあった。


「玉津日女。穴牟遅の妹さ」


 播磨にいるはずの神人に穂日は眼鏡のずれを直した。



 稚日女の内に潜んだ御中主は、天安河原での神議りに混じりながら歓喜した。

 高天原と出雲の争いはより先鋭なものになっている。

 その勢いこそ我が父たる空亡の望むものだった。


「出雲の件をこのままで置くわけには行かず、また新たに使者を遣わさなければなりません」


 近侍として天照の傍らで稚日女は思兼の発言を聞いていた。


「既に出雲も警戒している以上、武力の行使も視野に入れねばならぬでしょう。それでしたら無用な犠牲を避けるためにも最高の戦力を投入すべきです。ただし、強ければ良いというものではありません」


 ちらりと思兼が両親である高皇産霊と神皇産霊を見遣った。

 高皇産霊は興が乗れば、何をするか分からなかった。

 神皇産霊とて余りにも出雲に同情的だった。


 ならば、誰を出雲に遣わすのか。


「天安河の河上にいる伊都之尾羽張神いつのをはばりのかみ建御雷神たけみかづちのかみが適任でしょう」


 その人選は御中主の望むところだった。

 伊都之尾羽張いつのをはばりとは天之尾羽張を己の呪具とする迦具土のことだった。

 迦具土は空亡によりかつて呪力を暴走させられた。


(ああ、この天地がもっと荒れ狂ってくれれば)


 その御稜威が仏法をも打ち破れよう。

 今は皆がその道具に過ぎぬが、いずれ区別も無くなる。

 結局は空亡の御稜威に呑み込まれるのだから。


典拠は以下の通りです。


羽山戸神と大御食都姫神が娶す:『古事記』


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