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日本神紀  作者: flat face
巻第四 天神本紀 忍穂耳
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第七十六段 還矢

 稚彦が放った矢は、空を突き進んで雲をも貫き、高天原の天安河原へと届いた。

 そこでは天津神たちが鳴女の連絡を待っていた。

 そのようなところに飛んできた矢が高皇産霊の頬を横切り、河原の石に刺さった。


 高皇産霊の頬から血が流れ、千々姫が呪力の糸で手当をした。


「大丈夫、お父さん?」


「ただの傷であることはお前も読み取っているだろう?」


「ばれたか」


「貴方という子は……」


 舌を出す千々姫に神皇産霊が溜め息を吐き、高皇産霊は笑い声を上げた。


「変に遠慮することや慌てて視野を狭めるのと比べれば、結果的に人を救うことにも繋がろう」


 千々姫は石に刺さった矢にも糸を絡ませ、それを束ねて思兼に渡した。


「念のために調べてみてよ」


 糸が抜き取った呪力の情報を思兼の呪能が読み解いた。


「……この力は稚彦のものですね」


 面々がはっと息を呑んだ。

 あの実直な稚彦が高天原に背き、弓を引いたとは信じられなかった。

 息子が天津神らを裏切り、天津国玉は怒りで打ち震えた。


「これでひとまず忍穂耳の言ったことが本当であると分かりましたが、どうしたものでしょう?」


 穴牟遅に国を譲らせる以前の問題が発生してしまった。

 放置しておけば高天原の沽券に関わった。

 威信が失墜したまま交渉するわけにも行かなかった。


「俺が出向くとしよう」


 高皇産霊の発言に周囲がざわついた。


「何を馬鹿なこと言っているのですか!? 貴方が出しゃばったら全てがご破算になります! 少しは考えるということを学んでください!!」


 神皇産霊が指を立てて高皇産霊を叱り付けた。


「なに、稚彦の件を片付けるだけだ。露払いといったところだな。それから後の本番は任せたぞ?」


 高皇産霊は天照を振り返り、にやりと笑ってみせた。



 新嘗祭は無事に終わり、それまでずっと気を張っていた稚彦は休暇を与えられ、出雲に構えた家で朝から体を休ませていた。

 彼は充実感に満ち足りていた。

 穴牟遅から大役を任され、それを皆と協力して成し遂げ、打ち上げでにおいても笛の腕前を披露して盛り上がった。


 怪鳥のことも穴牟遅に報告した後、再び目撃されたという話も聞かなかった。

 仮に敵国の偵察であったとしても引き下がったを得なかったのだろう。

 それほどまでに出雲の警備は万全だった。


 そう思っていた。

 しかし、ふと瞼を開け、目にした天井に黒い穴がぽっかりと空き、稚彦は即座に身構えた。

 そして、その穴から高皇産霊が姿を現した。


「腕を上げたな、稚彦。俺に一撃を加えるほどに」


 高皇産霊の手に天羽々矢があるのを見て稚彦は驚いた。


「しかし、天に向けて放った矢は、還矢となって自身を射貫く。射たのなら射返される覚悟もあったのだろう? 俺を失望させてくれるなよ」


 稚彦が何か言う前に高皇産霊は獰猛な笑みを浮かべ、光の矢を爆発させた。


「稚彦!?」


 訪ねに来ていた下照姫が爆音を聞き付け、稚彦の寝室に駆け込んだ。

 そこでは部屋がほぼ消し飛ばされており、稚彦が見知らぬ神人と対峙していた。

 神皇産霊は葦原中国をよく訪れたが、高天原が領分の高皇産霊はこれまで殆ど天降らなかった。


「ん? ああ、朝っぱらから騒がしいことで、すまん」


 高皇産霊が下照姫の存在に気付いた。


「俺は高皇産霊と言う。用があるのは稚彦だけであるゆえ、巻き込まれるよう下がってくれ」


 また光の矢が爆ぜた。



 天津神には下照姫も幾度となく出会ってきた。

 しかし、やはり別天津神は別格だった。

 そのことを下照姫は爆風に煽られながら悟らされた。


「高天原に弓を引いたのなら、この俺を超えてゆけ! 国津神の側に付いたのだから、素戔嗚に倣ってみせろ!! 奴はもっと俺を楽しませたぞ!?」


 天梔弓を取って稚彦が天羽々矢を放っても高皇産霊は光の盾で難なく防いだ。

 そればかりか光の礫を操って稚彦を翻弄した。

 幾多の閃光に爆撃される稚彦に下照姫は思わず身を乗り出した。


 そのせいで彼女は爆撃されそうになった。

 それを見た稚彦は、下照姫を守るため、彼女の前に出た。

 高皇産霊はその様に呵々大笑した。


「ああ、実に俺好みの行動ではないか!」


「別に貴方から気に入られるか否かはどうだって良いんです」


 稚彦は高皇産霊の感動をばっさりと切り捨てた。

 下照姫のことを守り抜きたい。

 その想いを見世物のように賞玩されるなど腹が立って仕方なかった。


「そうだな、お前は誰の反応を忖度するのでもなく、信念に従ってその道を選び、なおかつ他を慮った」


 光の矢を次々と宙に浮かべて高皇産霊が言った。


「それが確認できたのだから贅言は費やすまい。お前が選んだ道を駆け抜けるんだな。その姿を俺に見せてくれ」


 無数の矢が稚彦に向けられ、彼は下照姫を突き飛ばした。

 それから、自身も光の矢が飛んできたのを回避した。

 矢が床や壁に当たって起きた爆発にも何とか巻き込まれないで済み、それは下照姫も同様だった。


「早くここから逃げてくれ」


 倒れ伏す下照姫にそう告げ、稚彦は高皇産霊に再び弓矢を取った。


典拠は以下の通りです。


栲幡千々姫命が国譲りの神議りへ積極的に関わる:『天書』

天稚彦が笛を上手に吹く:『狭衣物語』


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