第七十段 国魂
忍穂耳たちは手分けして出雲を視察した。
出雲も国を挙げて忍穂耳たちの視察を手伝った。
忍穂耳は穴牟遅が自ら付き添った。
穴牟遅は忍穂耳を堤防や薬園、工房などに連れていった。
出雲は大きな川が流れているので、毎年、多くの家と田畑が押し流されていた。
そこで、穴牟遅は堤防を整備させて治水に成功した。
薬園では薬草の栽培や研究が行われ、病気や怪我による苦痛を減じ、工房で盛んに製造された青銅器や鉄器は、国外からの受注で出雲の経済を豊かにしていた。
「これだけ大規模なことをやるにはかなりの人手が要っただろ?」
「人夫は国中から掻き集めさせてもらった」
「地方の大物たちが黙ってなかったんじゃねえか?」
出雲は幾つもの国々を勢力圏に含んでおり、そこにはかつて国の主であった国津神もいた。
彼らは穴牟遅に従って以後も地元の顔役で、そこでもなさねばならぬ事業はあっただろう。
穴牟遅の大事業に協力させられていたら、地方の人手が足りなくなってしまいかねなかった。
「長期的に見れば全体を潤す。そのようなことすら理解できぬ輩の声を聞くなど愚の骨頂だ。耳障りなら腕尽くで黙らせる」
視察する忍穂耳の横を早馬が駆けていった。
何事かと忍穂耳が穴牟遅に尋ねると、彼に反抗的な国津神を百八十神が捕らえに向かっているとのことだった。
大国主たる穴牟遅に刃向かえば、何者であっても流刑となった。
◆
穴牟遅の努力で曲がり形にも水害と戦が無くなると、田畑は大地の恵みを豊かにもたらし、その余剰を交換する場として市が立った。
稚彦は下照姫に連れられ、大勢の神人が歩く市場でものが売買されるのを視察した。
彼は市でものの交換や人の交流がなされるのを面白がった。
「高天原には市がないのか?」
余りに稚彦が珍しがるので、下照姫が不思議がって訊いた。
「自分のところで何でも揃うからね」
高天原は完璧に整序され、新たに土地を開発する必要もなかった。
葦原中国は国土の神霊たる国魂を刺激しなければ、大地の恵みに与れなかった。
国津神らが生まれたのも元は神皇産霊が国魂に呪力を注ぎ込んだからだった。
天津神たちも高皇産霊が高天原の国魂に働き掛けるなどして生まれた。
しかし、土地の恵みは高天原の国魂を刺激することもなく、あらゆる需要を賄えた。
豊受のように店を構える者もいたが、それは物好きの域を超えるものではなかった。
「そんな世間知らずが視察とは傲岸不遜も甚だしい」
「そう言われても仕方ないよ」
稚彦としては国津神たちに好意的なつもりでいた。
しかし、そこには目下を哀れみ、珍品を面白がる感情がなかったとは言い切れなかった。
実際に国津神たちと触れ合って稚彦は自身の無知を痛感させられた。
「だから、君たちのことをもっと学ばせてほしい」
余りにも素直な稚彦に下照姫は調子が狂った。
下照姫も天津神たちのことを良くは知らなかった。
想像と異なる現実の天津神に彼女は戸惑いを覚えた。
そのことに稚彦は気付かなかったが、別のことには気が付いた。
市場の神人たちは下照姫の姿を見ると、揃って表情を固くした。
百八十神の彼女を恐れているかのようだった。
◆
穂日も須勢理らに案内されて出雲を視察した。
何を見ても穂日は曖昧な返事をするばかりで、昼行灯のように思われていた。
そのようなこともあり、正使でもなければ稚彦のごとく国津神たちに対して明確に好意的なわけでもなかったので、彼は他の使者ほど注目されなかった。
それゆえ、探女は国津神らに見付からぬよう穂日のところをよく訪れて報告した。
彼女は出雲の勢力圏を移動し、津々浦々で収拾した情報を穂日たちにもたらした。
それは出雲にいるだけでは分からないことを教えてくれた。
「構造的に問題を抱えていると言わざるを得ませんね」
穂日は探女からもたらされた報告を聞いてそう言った。
探女は出雲の勢力圏で多発する紛争を穂日に報せていた。
穴牟遅は葦原中国の統一を諦めておらず、但馬の再征服や大和の併合を画策して宣伝や煽動で諸国に工作し、全面戦争に突入することはなかったが、小競り合いは続いていた。
紛争の多発する国境地帯には、そこには穴牟遅に反抗的な神人たちも移住させられていた。
彼らを管理して紛争にも対処するため、百八十神が国境に赴任した。
紛争は百八十神にとって穴牟遅の事業に貢献する好機で、強制的に移住させられた神人たちにとっては、協力したなら恩赦に与り、出雲で快適な生活を送れるようになる機会だった。
そうした背景も紛争を多発させた。
穴牟遅の采配や百八十神の奮闘により手痛い敗北を喫することはなかったが、勝利しても紛争による消耗から回復するため、新たに征服された地域から人員や物資を調達して現地の反発を招いた。
それらを穴牟遅は必要なことであると信じ、その信念が百八十神を更に突き動かした。
「消火のためと言って火種を振りまいているようなものだ」
そうした穴牟遅たちのやり方に探女が皮肉を言った。
「そして、その方法で鎮火するとしましたら、辺り一面が焼け野原となって燃やすものが無くなった時でしょう」
眼鏡の縁を指で弾き、穂日は糸のような目をより細めた。
火の粉は出雲の勢力圏にも降り掛かっていた。
播磨も勢力圏に加えた穴牟遅は、讃容で妹の玉津日女と再会していた。
当初は家族がまた一緒になれたことを喜んでいたが、やがて玉津日女は兄の強権的な姿勢に反発して反旗を翻した。
彼女は生きた鹿を捕まえ、その腹を割いて稲を血に浸した。
稲は一夜にして立派な苗になり、玉津日女は皐月の夜にそれを植え、生き血の霊力で讃容に術を掛けた。
讃容は夜が明けると、濃い朝霧に包まれ、中に入れなくなった。
穴牟遅は讃容を直接的に支配するのを諦めた。
それによって玉津日女は讃容の支配者として賛用都比売命と呼ばれるようにもなった。
身内に背かれた穴牟遅は、出雲に対しても猜疑の念を強め、百八十神による監視は更に厳格になった。
典拠は以下の通りです。
玉津日女命が大穴牟遅神と争い、賛用都比売命と呼ばれるようになる:『播磨国風土記』




