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日本神紀  作者: flat face
巻第四 天神本紀 忍穂耳
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第六十九段 百八十神

 忍穂耳たちは探女と別れ、穴牟遅の宮殿を訪れた。

 彼らは門前で衛士に用件を伝え、奥の間に通された。

 そこで穴牟遅が忍穂耳たちを出迎えた。


「いきなり押し掛けたってのに応対してくれるとは用意の良いこって」


「遠く高天原よりようこそ参られた。私が大穴牟遅神。出雲の大国主だ」


 特に敵対的なところはなかったが、穴牟遅の言葉や存在感はそれだけで凄みがあった。

 素戔嗚から跡継ぎと認められ、天照と高皇産霊から統治を委任された事実も、穴牟遅に箔を付けていた。

 天照と高皇産霊は言うに及ばず、高天原では別天津神たちと渡り合って葦原中国では大蛇を退治した素戔嗚も、天津神にとって伝説的な存在だった。


 葦原中国で最大の勢力を誇る穴牟遅は、地上の象徴として顕国玉神うつしくにたまのかみ大国魂神おおくにたまのかみとも呼ばれた。

 そのような神人を前にし、忍穂耳は薄ら笑いを浮かべていたが、穂日はいつもと打って変わり、真剣な表情をしていた。

 稚彦に至っては見るからに緊張していた。


「用件は聞かせてもらった。遠慮なく視察してくれ。ただ、その前に今宵は歓迎の宴を催させてもらいたい」


「兄の言う通り唐突な訪問ですのに、そのように気を遣っていただき、かたじけありません」


 忍穂耳たちに断る理由はなかった。

 友好的な空気のまま終われば、それに越したことはない。

 彼らは穴牟遅の饗応に与った。



 宮殿の宴会場には豪勢な料理や宍禾郡しさわのこおりの庭酒が用意され、国津神たちが何人も出席しており、彼らは殆どが百八十神ももやそがみと称される穴牟遅の親衛隊士たちだった。

 百八十神は呪力が溜まっているとされた木の俣に置かれ、穴牟遅の妻である須勢理に拾い上げられて彼らの養子となり、同じ釜の飯を食って仲間意識が強く、手厚い教育を施されて高い士気と統制を誇った。


 百八十神は出雲を視察に来たという天津神たちに対し、剣呑な空気を漂わせていた。

 考えてみれば当然だろう。

 視察の結果によっては統治の委任が取り止めになってしまうかも知れず、これまで必死に国を造ってきた穴牟遅たちにしてみれば、これほど勝手な話もなかった。


 忍穂耳と穂日は百八十神の敵意を受け流して飲み食いし、美女たちの歌舞を楽しんだのだが、真面目な稚彦は気に病み、居心地の悪そうな様子を見せていた。

 それを穴牟遅は見逃さなかった。

 彼は労うような口調で稚彦へと話し掛けた。


「浮かない顔をしているな。旅の疲れでも出てきたか?」


「いえ、そんな! ご心配お掛けして恐縮です」


「そう畏まらなくても良い。……まあ、私と話していても気を遣わせるばかりか。同じ年頃の者を喚ぼう」


 彼は指を鳴らし、寄ってきた給仕に何事か告げると、赤髪を逆立てた黒衣の神女がやってきた。


下照姫命したてるひめのみこと。宗像三女神の田霧姫たぎりひめを母に持つ百八十神だ。下照姫したてるひめ、稚彦殿に酌をしろ」


 忍穂耳と穂日が稚彦に視線を向けた。

 稚彦が籠絡されるかも知れないからだった。

 ところが、下照姫は気の強そうな表情で稚彦を睨み付けて言った。


「嫌です」


 腕組みをしての堂々たる発言だった。

 その一言に部屋がしんとなった。

 しかし、彼女は空気を読まなかった。


「私たちが東大神族から懸命に国を守っていた間、こいつらは何もしませんでした。その癖して突然に押し掛けたかと思えば、ちゃんと統治できているか調べさせろと身勝手なことを! 客人として応対するのは我慢しますが、媚びを売るなど断じて──むごっ!?」


「それだからってこっちが無礼を働いても良いわけじゃねえだろ!」


 稚彦に指を突き付け、下照姫は滔々とまくし立てたが、その口を須勢理が塞いだ。

 それを見た忍穂耳と穂日は、苦笑して警戒を解いた。

 正直すぎてとてもではないが、下照姫が人を誑し込めるとは思えなかった。



 忍穂耳たちは暫く出雲に滞在し、穴牟遅の案内で国中を視察してまわることとなった。

 彼らは立派な御殿を宛がわれて毎日のように持て成された。

 もっとも、裏を返せば忍穂耳たちの周りには常に出雲の目が光り、視察と言っても宣伝村を見せられている可能性があった。


 それゆえ、国津神や他神の協力者が必要だった。

 他神は探女が協力者にいた。

 国津神では下照姫が有望であると稚彦は主張した。


 宴席の一件で分かったように下照姫には裏表がない。

 それに、百八十神として穴牟遅の信も篤い。

 上手くつつけば貴重な情報が手に入るかも知れない。


 それが稚彦の理屈だった。

 忍穂耳と穂日も反対しなかった。

 最初から選り好みしては伝手を作ることなど出来なかった。


「やあ、視察で案内してほしいところがあるんだけど、君に頼んでも良いかな?」


 困ったような笑顔で頼む稚彦に下照姫は怪訝な顔を見せた。


「私はお前をあれだけ罵ったんだぞ?」


「そこに少なくとも一片の真実はあった。

 確かに天津神の言い分には身勝手なところもある。

 僕は君の話をもっと聞きたいから、道中でまた色々と教えてくれないかな?」


 相手の言葉に彼女は面食らった。


「……ふ、ふん、天津神にしてはものの道理が分かった奴だ。そこまで頼まれては断ったら、百八十神の名折れとなってしまう。案内してやるから感謝しろ」


「うん、ありがとう」


「~~~!」


 整った顔立ちで心から嬉しそうに微笑まれ、下照姫は何とも言えない表情になった。

 そのような二人の様子を穴牟遅は高楼から見下ろしていた。


 真面目であって国津神に好意的であるらしい稚彦は下照姫の非難を無視できなかった。

 それは単に媚びられるよりも良くも悪くも稚彦の心に残るはずだった。

 そして、穴牟遅が目論んだ通りに、全てのことは進んでいるようだった。


典拠は以下の通りです。


大穴牟遅神たちが宍禾郡の庭酒を飲む:『播磨国風土記」


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