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日本神紀  作者: flat face
巻第四 天神本紀 忍穂耳
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第六十六段 高天原

 豊受の酒肆は全ての神人に開かれ、土間に並べられた卓で皆が一緒に飲み食いしたが、特別な集まりで用いられる個室もあった。

 そこに豊受は丹後の豊宇賀能売命とようかのめのみことが醸した酒を運んでいった。

 室内には高皇産霊と神皇産霊がいた。


 二人分の徳利とお猪口を机に置き、盆を胸に抱え、豊受が高皇産霊と神皇産霊に問い掛けた。


「それで、出雲はどうするんだい?」


 穴牟遅のことは高天原でも深刻に受け止められていた。

 天津神たちにしてみれば、葦原中国は未だ整序されていないところだったが、それ故に活力があるとも見なされた。

 高天原にとって穴牟遅の出雲は活力がありながらも整序され、近しいながらも異質な新興国のように捉えられていた。


 その印象は不気味の一言に尽きた。

 さらに、そうした出雲が最近は穴牟遅による独裁体制となったのだから、なおのこと危機感が募った。

 出雲のことが高天原で神議りに掛けられるのも時間の問題だった。


「介入する」


 高皇産霊が簡潔に答えた。


「慎重に議論を重ねた上での話です」


 それに対して神皇産霊が釘を刺した。


「たとえ現状のようになっていてもそれは国津神や他神が苦労して作り上げた国です。それを私たちが強引に別の国に置き換えれば、そのようなものに彼らは愛着を持つでしょうか?」


「それが結論を先延ばししたいがゆえの理屈でなければ納得もしよう。しかし、その間にも穴牟遅の出雲は葦原中国を腐らせていくぞ?」


 神皇産霊は高皇産霊の返答に言葉を詰まらせた。

 深く関わってきた身として彼女は葦原中国や出雲に強い愛着を持っていたが、穴牟遅の独裁が国を緩やかに衰亡させることも分かっていた。

 介入によって新たな試練を穴牟遅たちに課せられることを高皇産霊は喜んでいる様子だったが、その笑みには神皇産霊の心中を慮る苦みも混じっていた。


 そのような二人を見て取ったからこそ豊受は彼らに訊いた。


「……こんなのになったのは何が原因だと思う?」


「遡れば東大神族の渡来、いや、八十神の台頭が元凶か」


「それらも本を正せば、父上に端を発しております」


 直系の子として高皇産霊と神皇産霊は気付いていた。

 八十神や東大神族のことは空亡が裏で糸を引いている。

 それに二人は別々の動機から怒りを覚えていた。


「八十神……あれは気に喰わんな。俺は星々の輝きをこの目に焼き付けたいが、それを一つに溶かし込んだ天の河を見たいわけではない。力があっても集団に埋もれて粋がるような輩は認めん」


「東大神族の一件は父上のなさったこととは言えども頂けませんね。あそこまでになるのに皆がどれほど辛い思いをしたか。それが父上には見えていません」


 高皇産霊と神皇産霊の言葉に偽りはなかった。

 そう思えるくらいに豊受も二人と付き合いを重ねてきた。

 だから、豊受は店内を空亡の目が届かなくしているとは言え、かなり危険な賭けに出た。


「……出雲のことでアタシも意見があるんだけど」


 二人がやはり親子の束縛を断ち切れぬ可能性もあった。



 若比売と冬衣が須賀の宮殿を訪ねると、宮の主である足名椎と手摩乳が出迎えた。


「神皇産霊から連絡を受けたよ」


 内密の話ということで四人だけになると、出雲の長老格である足名椎と手摩乳に若比売はそう打ち明けた。

 夫婦に緊張が走った。

 別天津神の絡みで内密に話があると言うのだから無理もなかった。


「やはり穴牟遅のことかね?」


「ああ、近く天津神が調査に訪れるそうさ」


「それは大いにまずいな」


「今のあいつは裁かれても仕方ない」


 大国主たる穴牟遅は出雲とその勢力圏を大きな牢獄にしていた。

 彼は日槍や大物主および彦名の件で外部の者たちを酷く猜疑するようになり、内外の自由な接触を禁じていた。

 それは内部の統制にも結び付き、出雲の者であっても外に興味を示せば罰せられた。


 穴牟遅は皆が誰とでも繋がれる世界を諦めたわけではなかった。

 ただ、それは出雲が主導して成し遂げられるべきであると考えていた。

 それまで外国は出雲を狙う敵だった。


 その干渉を廃しようと穴牟遅は親衛隊士たちに国を隅々まで監視させるなどしていた。


「……あの子がああなったのは、あたしが重荷を背負わせたからかもね」


 八十神に出雲を支配されていた頃、若比売は憎悪に駆られていた。

 それが穴牟遅に悪しき種を播いてしまったのではないか。

 足名椎と手摩乳にとってもそれは決して他人事ではなかった。


 彼らにもまた我が子を怪物にしてしまったという負い目があった。

 しかも、穴牟遅は可愛い孫娘の婿だった。

 それに、その婚姻は怪物であった娘と彼女を救った娘婿に祝福されていた。



 黄泉島で空を見上げて彦名は思った。

 穴牟遅はどうしているだろうか。

 伝聞で耳にする情報は、いずれも不穏なものだった。


 自分に穴牟遅を心配する資格がないというのは分かっている。

 苦境に立たされた彼を見限り、あまつさえ裏切りさえしたのだから。

 それでも、穴牟遅の身が案じられて仕方なかった。


 大物主に葦原中国へ行ってくれるよう頼んだのは、僅かであっても穴牟遅に本道を外れてほしくなかったからだ。

 それが勝手な願いであるのも弁えている。

 穴牟遅と共に見たと信じる夢を彦名は引き摺っていた。


 それは失恋を引き摺るのに似ているのかも知れなかった。

 あの時に彦名は確かに穴牟遅へ恋をしていた。

 憧れる相手が堕ちるのを直視できなかったから、須勢理に勝てなかったのではないかと思うこともあった。


典拠は以下の通りです。


豊受大神が丹後国の豊宇賀能売命が醸した酒とゆかりがある『丹後国風土記』


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