第六十二段 和魂
穴牟遅の宮殿は騒然としていた。
彦名が穴牟遅と激しく口論し、穴牟遅が袖に縋り付く彦名を手荒く振り払ったからだ。
これまで意見の対立はあったが、諍いにまで発展したことはなく、穴牟遅が彦名を乱暴に扱ったこともなかった。
「こんなの絶対おかしいよ! 同盟国どころか常世神まで代官の管理下に置くなんて」
「常世神だけが特別であるような言い方は感心しないな。同盟国の自治も停止したのだから、他神のみ痛みを免れるとは思わないことだ」
日槍に追い詰められた穴牟遅は、出雲とその同盟国を一丸とすることで東大神族に対抗しようと図った。
そのために彼は出雲の中枢を自分の養子たちで固め、古参の国津神たちを排除し、同盟国の王たちと常世神には自治の停止と代官による統制を通達した。
彦名はそれらの措置を撤回するよう穴牟遅に求めた。
「他神だけの問題じゃない。そりゃ私にとって常世神が最も気掛かりなのは否定しないけど、これは全体に関わる問題だよ。幾ら非常時だからって国の原則を踏みにじって良いの?」
同盟国や他神の自由を保障することは、出雲の国是と言える方針だった。
出雲が葦原中国を統一する正統性も、それにより皆の自由が拡大されると信じられているからだった。
しかし、その理念を穴牟遅は裏切ろうとしていた。
「出雲が滅びれば元も子もないだろう」
彼は振り払われて倒れた彦名を見下ろしながら、何かを押し殺しているかのように平坦な声で告げた。
「皆が自由に繋がれて誰とも争わない世界。それを実現すると誓った心は、今でも変わっていない。回り道をしているだけだ」
「……その道を私は一緒に歩んでいけない」
彦名が立ち上がって服の埃を払った。
「君は一番しちゃいけないところで変節した。これからもことある度にそうするはずさ。本道に戻ることはないよ」
そう言い残して彦名は穴牟遅に背を向けた。
「彦名、お前は疲れているだけだ。大分で速見の湯にでも浸かってこい。筑紫島ならゆっくりすることも出来るだろう」
その言葉に答えは返ってこなかった。
◆
彦名は常世神を連れて出雲から立ち去り、木国の淡嶋で目撃されたのを最後に消息を絶った。
参謀を失った出雲は弱体化するかと思われたが、寧ろ統治が一元化され、より統一された動きが出来るようになった。
古参の国津神や常世神の排除には反対もあったが、非常時において改革を断行する穴牟遅は、大多数の神人たちから頼もしいと思われ、同盟国も支配の強化を仕方なく受け入れた。
「お頭は軍を二手に分けた。因幡は出雲の本隊と別だ。おれの命令に従ってもらう」
因幡に派遣された事代主が八上姫にそう告げた。
穴牟遅の養子たちが出雲の中枢を占めるようになると、事代主が若頭として幹部たちを束ねた。
幹部たちはそれぞれ配下の組織を率い、出雲や同盟国の神人たちを従わせた。
「峠越え?」
そのような事代主から因幡に与えられた役割を教えられ、八上姫は眉をひそめた。
出雲が東大神族の侵入を食い止めている間、因幡や伯耆が峠を越えて吉備に攻め込み、日槍たちの背後を突くという作戦だった。
しかし、吉備に至る峠は険しく、苦難の行軍が予想され、東大神族と戦う出雲を支えて困窮する因幡が更に疲弊しかねなかった。
「無論、出雲の分隊も因幡と共に峠を越える。同盟国にだけ負担を掛けることはしない。それに、因幡は出雲の同盟国でも取り分け関係が深い」
事代主は有事であるがゆえ、それ相応の人格を己に憑依させており、断固たる態度を見せていた。
八上姫は事代主に多岐喜比売を重ね合わせた。
国や娘を穴牟遅に委ねたのは正しかったのか。
今更そのように考えてももう遅かった。
出雲との間に築いてきた関係を白紙に戻せば、今までの努力が水の泡になった。
東大神族に寝返ろうにも八上姫にとっては此度の戦乱を引き起こした彼らも信用ならなかった。
高天原も穴牟遅の統治を黙認していた。
彦名の時は彼が神皇産霊の息子であるために介入したが、今回は穴牟遅が助けを求めない限りは動かないだろう。
そして、古参の国津神や常世神の排除まで断行した彼が高天原に頼るとは考えられなかった。
高天原を頼るとは自分の力では統治できないと認めるようなものだった。
「因幡に対する出雲の格別な心遣いには痛み入る」
既に同盟国が衛星国の状態に陥っている現実を八上姫は呑み込んだが、彼女の呪能を以てしてもその現状を浄化できるか分からなかった。
◆
東大神族は桓因の孫たる日孫の順瑳檀彌固から四方に広がるよう命じられていた。
神祖と奉ずる順瑳檀彌固の命令は東大神族にとって至上のものだったが、それは造物主の創造した天地から離れることを意味した。
他神のように呪力が荒れ狂って避難したのではなかった。
寧ろ自ら困難な目に遭っているようなものだった。
土地の水が異郷の者に合わぬのと同様に造物主の異なる天地は居心地が悪かった。
それ故に日槍も穴牟遅に土地を要求したのだが、それは野営地を求めたようなもので、搾り取れるだけ物資を調達できれば、また旅立つつもりだった。
しかし、その目論見は体勢を立て直した穴牟遅たちの反撃により潰えかけていた。
因幡から峠を越えて吉備を奇襲した事代主たちに後方との連絡を断たれ、出雲を攻めていた日槍たちも、これに連携した穴牟遅たちに逆襲された。
建御名方が長を務める穴牟遅の親衛隊士たちは、葦原中国を平定しようとする彼の遠征に付き従った者らから選ばれ、忠誠心と練度が高かった。
彼らは軍旗である広矛を掲げて突撃し、東大神族に猛威を振るった。
だが、和魂を失ってしまったかのような親衛隊士たちに日槍は不思議と悪い印象を抱かず、却って穴牟遅たちを心の中で賞賛した。
そして、国ではなくて人に対し、日槍は外のもので初めて敬意を感じた。
典拠は以下の通りです。
大穴牟遅神が少彦名命に乱暴する:『伊予国風土記』
少彦名命が淡嶋で見られたのを最後に行方を眩ます:『日本書紀』
東大神族が日孫の阿珉美辰沄繾翅報順瑳檀彌固を神祖と奉ずる:『契丹古伝』




