第六十一段 地主神
出雲およびその同盟国と東大神族の戦いは激しく、当然ながら神人たちの生活に影を落とした。
贅沢に慣れていたため、生活の水準が落ちることが神人たちにはなおさら苦しく感じられた。
かつて王であった国津神たちは余裕があり、生活水準に低下を和らげられたが、そうでない者たちには生活苦が重くのし掛かった。
彼らは日槍たちを恨むのは勿論、彦名ら他神たちにも敵意を向けた。
彦名は穴牟遅の参謀を務めていたし、出雲の勢力圏にいる他神たちは、経済面での協力を惜しまなかった。
しかし、他神たちは決して国津神にはならず、出雲とその同盟国とは一線を引いていた。
それが疑いの目で見られる原因となった。
奴らは敵と通じているのではないか?
そのような輩に自分たちと同等の権利があるなど馬鹿げている。
穴牟遅は生活に苦しむ国津神を支援していたが、それは他神にも行われていた。
だが、他神は飽く迄も客人の立場だったので、国津神のごとく東大神族との戦いに参加することを強制されなかった。
出雲の世話になっておきながら、帰属意識も持たずに血は流さず、金だけ出すとは何事かと国津神は憤った。
しかも、戦いが激しさを増すに連れ、生活支援は先細りになっていった。
彦名は有事でも皆の福祉を守ると言ったが、国津神は他神に無駄飯を食わせ続けるという風に彼の発言を受け取った。
かつて王であった国津神たちもそのような不満を煽った。
穴牟遅に臣従して地主神と呼ばれるようになった彼らは、余所者の他神たちが勢力を伸張させることに危機感を覚えていた。
(利で釣ったのを理が通じたように勘違いしていた付けなのかな?)
出雲を訪れていた白兎は、世情の変化に暗澹たる気持ちになった。
彼は以前に八十神の目をかいくぐり、八上姫を窮地から救った功績が認められ、使者として因幡と出雲を往復していた。
自身の呪能による予言を信じ、白兎は八上姫と穴牟遅の仲介を務めた。
(理が通じなくて利でも釣れなくなれば、力で抑え付ける他ないけど、それが大いなる国の主になることなんだろうか……)
そもそも、高天原がそれを許すのか彼は恐れた。
◆
同じ出雲の同盟国であっても東大神族との戦いで受けた影響は様々だった。
元の国力も違ったし、戦いは主に西で起きていたので、東はそれほど被害を被らなかった。
日槍は背後の安全を確保するため、越や信濃にも働き掛けたが、芳しい返事を得られなかった。
彼がちらつかせる餌は、出雲のごとく干渉せずにそれと同等の豊かさを与えるというものだった。
同盟国にしてみると、出雲の援助で豊かになれるのは嬉しかったが、その代わりに人質を差し出させられて代官を派遣されるのは鬱陶しかった。
しかも、出雲の文化を持ち込まれるのにも自尊心を傷付けられていたので、一時のばらまきでしかない日槍の勧誘に飛び付いた。
ただし、それが顕著なのは西の同盟国で、東は距離が遠く、出雲の威光が届きにくくて代官も好きには振る舞えなかった。
代官としては出雲と協力し、東大神族を挟み撃ちにしてほしかった。
しかし、越や信濃には東方に睨みを利かせる役割があり、それ以上の負担を掛けるのは憚られた。
もっとも、東の同盟国とて出雲の行く末に無関心なわけではなかった。
東大神族の側に寝返った同盟国が出雲に侵攻せぬよう牽制してもいた。
それに、現地の国津神には更なる協力を考える者もいた。
「小母さま、やっぱり建御名方ちゃんを助けに行かせて」
八坂刀売が沼河姫に言った。
建御名方に頼まれた通り八坂刀売は沼河姫の傍にいた。
それには信濃と越の絆を深めるという面もあったが、沼河姫は八坂刀売を実の娘のように遇した。
「なりません」
そのような八坂刀売の願いを沼河姫は穏やかであるけれども断固たる口調で斥けた。
「東大神族が巻き起こした混乱に乗じ、洩矢がまた動き出しています」
東の同盟国も一枚岩ではなかった。
信濃には洩矢神という国津神がいた。
洩矢は八坂刀売の親と信濃を争っており、勿論、沼河姫は後者の味方だったが、裏を返せば前者を敵に回していた。
蝦蟆の獣人である洩矢は強力な神蛙で、建御名方がいてやっと対処できるほどだった。
しかしながら、今や建御名方は出雲におり、沼河姫たちは厳しい状況に置かれていた。
穴牟遅は援軍を派遣していたが、東大神族との戦いでその多くが本国に呼び戻されていた。
「いずれ建御名方が帰ってきた時、家が無くなっていてはいけないでしょう?」
沼河姫が建御名方の身を案じていないはずはなかったが、彼女はそれを少しも表に出さなかった。
「……うん、建御名方ちゃんが私に小母さまのことを頼んだように私も建御名方ちゃんを信じる!」
その様子に八坂刀売は決心を固めてそう宣言した。
◆
無論、東大神族のことは高天原や根国にも伝わっていた。
「俺は介入しようと思わん」
鏡と琴で自分の映像と音声を相手に送り合いながら、素戔嗚が天照に告げた。
「葦原中国のことが気にならんのか?」
「それよりも気掛かりなことがある。どうして東大神族が八洲に来たか。いや、八十神の台頭からして妙だった」
「何者かが背後におると?」
「ああ。そして、介入すればそいつの掌で踊ることになりかねん。まったく、不快極まりない」
素戔嗚は険しい表情で吐き捨てた。
空亡の黴雨は根国にも達していた。
その黒い水で黄泉神たちも呪力が荒れ狂い、それを鎮めるのに素戔嗚たちは手を煩わせられ、根国に追放された八十神からも同じ稜威が感じられた。
「しかし、慎重に振る舞うばかりで遅きに失しては元も子もないぞ」
天照も八十神や東大神族の裏に何かがあると勘付いていた。
そのようなこともあり、八十神の時は介入したが、素戔嗚が指摘する懸念もあって半端なものになった。
東大神族の件もどう判断すべきか迷っていた。
典拠は以下の通りです。
建御名方神が洩矢神と争う:『諏方大明神画詞』




