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日本神紀  作者: flat face
巻第三 地祇本紀 穴牟遅
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第五十九段 越海

 彦名に国造りを手助けされたこともあり、穴牟遅は伯耆や因幡、三丹、越だけではなく播磨や吉備国きびのくにも同盟国として出雲の勢力圏に加え、文化に至っては伊予国いよのくに筑紫国つくしのくににも及んだ。

 隠岐のような離島も出雲から山祇神やまづみのかみたちが来航して宮を建て、水田を開いて米作りを広めた。

 その隠岐から、韓郷で抗争が多発しているという情報が穴牟遅にもたらされた。


 韓郷においては帝釈桓因たいしゃくかんいんという造物主が天地を創造していた。

 その娘に阿乃沄翅報云戞霊明アナウシフカルメなる者がいた。

 云戞霊明フカルメは清らかな気の漲るところで禊ぎをして阿珉美辰沄繾翅報(アメミシウクシ)順瑳檀彌固(フサダミコ)を産んだ。


 順瑳檀彌固フサダミコ高天使鶏コマカケに乗って長白山ちょうはくさんに下り、東大国皇シウクシフと号してその子孫たる東大神族シウカラは世界の四方に広がろうとした。

 しかし、その拡大は急速で、周囲との軋轢を生じさせた。

 それは常世を介し、葦原中国にも伝わっていた。


「で、ここにもやってきたらどうするのさ?」


 東大神族から東冥とうめいと称されている越海を眺めながら、彦名が穴牟遅に問い掛けた。


「移民や難民ならば受け入れる。皆が誰とも争わずに繋がれる世の中こそ私の目指す地平だ。相手が別の天地から来ても変わりはない」


 穴牟遅の答えに彦名は微笑んだ。


「実際に策を練らされる身にもなってよね~」


 肘で穴牟遅を突きながらも彦名の様子は嬉しそうだった。



 ある日、突然に韓郷から東大神族の船団が出雲へとやってきた。

 彼らは薗之長浜そののながはまに上陸すると、穴牟遅に面会を求めた。

供の者や須勢理を連れて穴牟遅が現れると、天日槍命あめのひぼこのみことと名乗る長が彼に告げた。


「お主がここの主か」


 日槍ひぼこは黒髪を頭の天辺にまとめて結わえ、余りを後ろへと垂らし、黒い韓服を着てぱっと見には飄々とした優男だったが、どこか油断ならない印象があった。


「いやあ、船から遠目に見させてもらっただけだが、豊かな国を築いているとお見受けした。いつまでも穀物の穂が実っている葦原のようだ。差し詰め豊葦原之千秋長五百秋之水穂国(とよあしはらのちあきのながいほあきのみづほのくに)といったところか」


 彼は笑顔で穴牟遅を褒めちぎった。


「しかし、こうも豊かではその富を使い切れんだろう。折角の宝を腐らせては勿体ない。使ってこその財貨というものだろう」


 腕を広げた日槍は、それを穴牟遅の肩に回して笑った。


「俺たちに定住するところを分けてもらいたい」


 言葉こそ依頼しているかのようだったが、日槍ばかりか彼の後ろに控える船員たちも武装しており、圧力を掛けているのは明白だった。


「住むところを脅し取りたいなら、そこをくれてやる」


 穴牟遅は嘆息して海を指し示した。

 彼は人々が自由に行き来できる世の中を創らんとしていた。

 ただし、それは往来で好き勝手して良いというものではなかった。


「ほう、流石と言うべきか太っ腹だな」


 暗に断られたにも拘わらず、日槍は嬉しそうに海へと入っていった。

 そして、海水を剣で掻き回した。

 すると、攪拌されて塩の大地が出来上がり、彼はそこに陣取って高笑いした。


「お主たちの言い方を借りるなら、俺は煉丹の力を神として祀る。仕組みさえ理解できれば物質を分解して再構成できる。海をくれると言うのなら、そのどこにでも塩の大地を作って良いんだな?」


「そんなところじゃ草木の一本も生えねえじゃねえか」


 腰に手を当て、須勢理が口を挟んだ。


「別に住みたいって言えば良いだろ? こっちも拒みはしねえって。脅すような真似するから警戒されんだよ」


「はっはっは、弱みがないかそれを見せても許されるところで育ったのかな、ご婦人」


 揶揄しながらも日槍は須勢理を面白そうに見詰めた。


「だが、気が強いのは嫌いじゃない。お望みなら世の中の厳しさを教えてしんぜようか? それから、閨で異国の話でも──」


 穴牟遅は呪能で己の眼前に日槍を移動させた。


「他人の妻に色目を使うなとは学ばなかったのか?」


「俺はお主の妻に声を掛けただけだが、お主は俺に手を出した。交渉はお主の手で決裂した。どうやら俺は慎みを、お主は慎重さを学ぶべきだったようだな」


 最後は自嘲までしながら、日槍たちは薗之長浜を去っていった。



 その後、日槍の集団は但馬たじまに流れ、人気のない伊都志いづしの沼地に住み着き、出雲と正面からはことを構えず、勢力を拡大していった。

 韓郷から渡来した彼らは、曽尸茂梨から渡ってきた常世神と別種の進んだ文化を持ち、出雲より日槍たちに惹き付けられる者もいた。

 そうして勢力がある程度まで拡大すると、日槍たちは播磨への侵攻を始め、宇頭うづ川底かわじりを通り、出雲の代官がいるところを襲った。


 領地の丘で食事していた代官は、慌てて米粒を零し、それからその土地は粒丘いいぼおかと言われるようになった。

 韓郷での戦乱で巧みな戦術の知識を身に付けていた日槍は、常に先手を打って進軍し、代官は実戦経験が乏しく、後手に回って失地を回復できなかった。

 播磨は前線から遠くて鉄が採れたので、代官も武断より文治の神人が派遣されていた。


 関所のある谷を奪われた代官は撤退し、そこを日槍たちは奪谷うばいたにと名付けた。

 宍禾しさわなど播磨の鉄を手に入れた彼らは、その地脈を抑え、地の利を得ることが出来た。

 こうして日槍たちは但馬と播磨を占領し、出雲の勢力圏は東西に分断され、穴牟遅の権威が著しく損なわれたため、ますます出雲よりも日槍たちを選ぶ人々が増えていった。


典拠は以下の通りです。


山祇神たちが出雲から隠岐に来航して宮を建て、水田を開いて米作りを広める:『伊未自由来記』

阿珉美辰沄繾翅報順瑳檀彌固が阿乃沄翅報云戞霊明の禊ぎで産まれ、高天使鶏に乗って長白山に下り、東大国皇と号してその子孫である東大神族が世界の四方に広がろうとする:『契丹古伝』

韓郷から渡来した天日槍命が大穴牟遅神に住むところを求めるも断られ、剣で海水を掻き回して土地を作り、但馬国を領有して播磨国で出雲国の軍と戦う:『播磨国風土記』


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