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日本神紀  作者: flat face
巻第三 地祇本紀 穴牟遅
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第五十八段 国造り

 穴牟遅は約束通り彦名ら常世神を客分として迎え入れ、協力してもらう代わりにこれまでのことは不問に付した。

 彼は彦名を門外顧問に据え、常世の技術を導入し、大国となった出雲を安定させる国造りに励んだ。

 彦名は穴牟遅に助言し、分野別に専門の神人を決めさせ、それぞれの役割に集中させた。


 常世神の他神たちが国津神たちを指導し、川の整備や荒れ地の開拓、穀物の効率的な栽培、害獣や害虫を追い払う方法の制定、温泉の開発、医療の普及、酒造りなど人々の福祉に力を注いだ。

 穴牟遅と彦名も久延毘古たちに情報を収集させ、出雲とその傘下にある国々に何か問題があれば自ら出向いた。

 二人は堤防や養生所を建てる際、出雲の意匠などを盛り込み、生活水準の向上を出雲文化と結び付け、出雲風の生活に憧れるよう仕向けた。


 これにより出雲に親近感を抱く者たちが増加し、同盟が円滑になるだけではなく、常世神への入信で穴牟遅たちから離反した人々を引き戻すことも出来た。

 ただし、彦名ら常世神は出雲を拠点としながら、その人民となることは拒否した。

 飽く迄も一時的な滞在者という立場で、同盟国とも一線を画していた。


「いずれ常世は無くなる」


 ある時に彦名は穴牟遅に言った。


「そうなった時のために素戔嗚は根国を創ったけど、あそこはどっちかと言えば黄泉神の避難所だよ。はみ出し者の他神たちが行っても場違いでしかない。私は国の枠から外れて生きる在り方を守りたいんだ」


 その言葉から穴牟遅は彦名にとって曽尸茂梨での暮らしが寂しいだけのものではなかったと悟った。



 穴牟遅と彦名が出雲に帰ってくると、須勢理が二人を出迎えた。

 出雲で留守を預かっていたのが須勢理だった。

 それは須勢理が穴牟遅の妻であるからではなく、寧ろ彼女こそが出雲の要だった。


 出雲は穴牟遅が大国主として君臨してはいたが、決して一枚岩ではなかった。

 大きく分けて三つの閥があった。

 一つ目は元から出雲にいた国津神たち、二つ目は穴牟遅の養子ら同盟国の神人たち、三つ目は常世神ら他神たち。


 彼らを繋ぐのが須勢理だった。

 英雄である素戔嗚の娘として須勢理は出雲の国津神たちから信望が厚く、親元を離れた養子たちも、母親代わりの彼女を慕っていた。

 また、根国にいた頃、黄泉神を連れてくる他神たちと付き合いがあったので、常世神とも信頼関係を築けていた。


「おかえり、二人とも!」


「お妃さまに抱き付いてもらえる役得とはこいつのお供も悪くないですな~♪」


 それゆえ、須勢理から穴牟遅と合わせて強く抱き締められても彦名は別に嫌がらないどころか、その感触を堪能した。


「穴に放り込まれたくなければ調子に乗るな」


「男の嫉妬とは醜いねえ」


「……事代主と建御名方を喚んでくるか」


「ちょっ、がちでやばい奴らに言い付けるのは止めて!」


 馬鹿な遣り取りを交わす二人に須勢理はくすっと笑った。


「折角の食事時なんだしあの子たちも喚んでご飯にしようぜ」


 それから、彼女は穴牟遅にのみ抱き付いて接吻し、彦名は苦笑いを浮かべ、やれやれと首を振りながら嘆息した。



 久々に夫婦が揃い、彦名に穴牟遅の両親や養子たちも交えての会食が行われた。

 うず煮の大鍋が湯気を立てながら、広間の真ん中に置かれた。

 河豚の出汁に葛でとろみを付けてご飯を入れたうず煮は、椀によそわれて面々に配られていき、彼らはそれに海苔や山葵、芹などを添えて掻き混ぜた。


「だからさあ、火明ほあかりは明日の収入を見越して今日の出費をしてるの。財政が健全でも世の中に活力がないのと比べれば、赤字になってでも暮らしの安定してる方が良いよ。満腹で便意を我慢するより空きっ腹で粘土を担ぐのが簡単なのと一緒さ」


 その席で彦名は丹後国たんごのくにの統治について穴牟遅と議論を交わした。

 丹後たんごでは弩都比売のつひめの実子にして穴牟遅の養子である火明命ほあかりのみこと真名井原まないはらに拠り、丹波国たんばのくにおよび但馬国たじまのくにを合わせた三丹地方さんたんちほうを開いていた。

 火明は彦名の考えに従い、多少の無理を重ねてでもまずは福祉を手厚くしていた。


「食事中にその喩えはちょっと……」


 緊急時でないために弱気な事代主が小さな声で彦名の比喩におずおずと突っ込んだ。


「意見があるならはっきり言え。無思慮な奴に遠慮は要らんだろ。調子付かせるだけだ」


 遠慮することのない建御名方が事代主に苦言を呈した。

 強気な建御名方は事代主を良く補った。

 そして、有事にはどちらも勇猛であって上手く噛み合った。


「下の話に喧嘩たあ困った子たちだねえ」


 笑って呆れながら若比売が冬衣に佐香さかの濁酒を注いでやった。


「地方のことと言えば、隠岐の方はどうなんだよ、穴牟遅?」


 ご飯を頬張ったまま須勢理が穴牟遅に尋ねた。

 隠岐もまた出雲の傘下に収まっていた。

 出雲ばかりか越や三丹さんたん、韓郷などとも交易が盛んな隠岐は中継港として大いに栄えていた。


「須勢理、口にものを入れて喋るんじゃない。まあ、それはともかくとしてやはり韓郷が焦臭いようだ。隠岐にまで飛び火しなければ良いが」


 元々、隠岐へ最初に住み着いたのは、葉比等はびとという人々だった。

 彼らは韓郷から隠岐に渡ってきた。

 木の葉を木の皮で綴ったものを毛皮の上に着ており、木の葉爺や木の葉婆とも呼ばれた。


 木の葉比等は甘い団子を好んで作り、団子作りの歌を杵取歌や子守歌にしているほどだった。

 彼らは隠岐を開拓し、織物や造船などの産業を興してもいた。

 しかし、隠岐を独占するようなことはせず、漁業の得意な阿麻あまの人々が渡来すると、交易や雑婚を始めるなど外部の人間を受け入れていた。

 そして、それ故に外で何かことが起これば、その影響を強く受けた。


典拠は以下の通りです。


久延毘古命が大穴牟遅神と少彦名命の国造りに協同する:『先代旧事本紀大成経』

大穴牟遅神と少彦名命が各地で農業技術や病気の治し方を指導し、広めて温泉なども作る:『日本書紀』

出雲国でうず煮や佐香の濁酒が飲み食いされている:『出雲国風土記』

大穴牟遅神と少彦名命が便意と粘土について議論し、火明命が弩都比売の子とされる:『播磨国風土記』

火明命が大穴牟遅神の勅を奉じて真名井原で三丹地方を開く:『但馬国司文書』

韓郷から渡ってきた木の葉比等が隠岐を開拓し、阿麻の人々に同化する:『伊未自由来記』


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