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日本神紀  作者: flat face
巻第三 地祇本紀 穴牟遅
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第五十六段 常世神

 越を平定したことで穴牟遅は出雲を越海こしのうみに広がる大国にした。

 穴牟遅たちは華やかな雰囲気の中で出雲に凱旋して然るべきだったが、そういうわけには行かなかった。

 出雲では新たな問題が持ち上がり、穴牟遅を待ち受けていた。


常世神とこよのかみ?」


 その問題を穴牟遅は留守を任されていた者たちから聞かされた。

 それによれば穴牟遅のいない間、常世から来た他神の一団が出雲に現れ、神人たちの病気や怪我を治療してまわった。

 そうするだけなら有り難い話だったのだが、常世神と名乗るその一団は神出鬼没だったが、非時香木実ときじくのかぐのこのみに付く虫を祀れば、富と健康を授かり、貧者は富を得て病人は直ぐ治ると触れ回った。

 そのようにして人心を掌握すると、常世神は穴牟遅たちの命令に従わぬよう神人たちに求めた。


 神人たちの間にも個体差や社会的な格差はあり、病に罹りやすい人々もおれば、貧しい人たちもいた。

 穴牟遅たちが国を大きくするに連れ、出雲でもそうした差が広がっていった。

 それに対して穴牟遅たちは外敵の侵入を防いで国内の治安を確保し、人民を生業に励ませ、社会の豊かさを底上げするくらいしか対処を思い付けていなかった。


 その点を突かれ、穴牟遅たちは出雲の民衆から離反されつつあった。


「奴らを捕らえて真意を聞き出す」


 そう決断して穴牟遅は配下の者たちに捜させた。



 程なくして穴牟遅は多邇具久命たにぐくのみことから報告を受けた。

 多邇具久たにぐくは蟇蛙の獣人の姿をした神人だった。

 蟇蛙は地上のどこにでも生息しており、国土の隅々まで知り尽くした存在であるとされていたため、捜し物をさせるには打って付けだった。


 多邇具久は五十狭々小汀いささのおはまで食事していた穴牟遅に対し、美保之碕みほのさきに常世神の拠点があると告げた。

 穴牟遅は須勢理や養子たちとの食事を切り上げて美保之碕に向かった。

 常世神の拠点は美保之碕の洞窟にあった。


 穴牟遅は常世神を一網打尽にするため、少数精鋭で急行して奇襲した。

 常世神は不意を突かれたということもあったのだろうが、全く抵抗せずに捕縛された。

 それを訝りながらも穴牟遅たちは洞窟の奥まで占拠していった。


「あっ、やっと来てくれたんだね~」


 最奥に来たところで緩い声が向こうから穴牟遅たちに掛けられた。

 そこは舶来の品々で装飾され、洞内の割りに豪奢な部屋となっていた。

 そして、それらに囲まれて蘿藦ががいものような釣り床が天井から吊され、その中で少年の神人が羽毛の枕に身を委ねていた。



 胡服を着た少年は、蛾の羽で飾られた三つ編みの青髪を弄くりながら、わざとらしく口を尖らせてみせた。


「思ったより私を見付けるのに時間が掛かってがっかりだよ」


「お前が常世神の首魁か?」


 穴牟遅は近付かぬまま少年に尋ねた。

 既に視界には入っているので、いつでも穴牟遅の呪能で少年を手中に出来た。

 それを知らないのか少年は呑気そうに構え、問い詰められても慌てる様子を見せなかった。


「人の質問に問い返すなんて礼儀知らずだなあ」


「他人の縄張りを荒らす輩に言われたくない」


「だったら、もうちょっとまともに治めなきゃ」


 くすくす笑う少年の言葉に穴牟遅は片眉を上げた。


「あっ、まさか王の仕事は夜警と同じように思ってる?」


「民を守る点ではな」


「素朴だねえ。まっ、その民がみんな同じように暮らしてるなら、別にそれで良いと思うよ。でもさ、現実にはそうじゃない」


 それは穴牟遅も分かっていた。

 そもそも、穴牟遅とてかつては下流だった。

 しかし、幸運にもそこから成り上がれたからこそ努力を重んじ、過保護は水のやり過ぎと同様に人々を堕落させると考えていた。


「強くあろうとするのも大事だけど、弱いってことは強さを得ようとする心をへし折るほどには強いんだよ?」


「……それで、お前は永遠に弱い者たちを養っていくのか?」


「弱さを受け入れることも、ただ単に強くあろうとするのとは異なる力を持ってる。それに気付かない内は君に負けないさ。仮に私を叩き潰せても問題は解決しない」


「もしかしたらお前が正しいのかも知れない。しかし、ここでは私が王だ。国を背負う責任がある以上、まずは叩き潰させてもらう」


「出来るかな~?」


 宣戦布告されても少年は無頓着だった。どこ吹く風とばかりに手をひらひらさせた。穴牟遅は容赦せずに呪能を展開しようとした。


「はい、そこまで☆」


 だが、自身を取り囲む呪力に彼は動きを止めた。

 小さな光が幾つも蛍のように辺りを飛び交い、穴牟遅たちを囲んでいた。

 雲霞のごときその数はとても把握できるようなものではなかった。


「私が有する呪能はね、呪力を虫のような形に展開させられるんだ」


 地面からも光が虫のように這い出てきた。


「その呪力には私が作った薬を含ませられる。それは呪力を有する君たちに力を介して薬を入れる。どんな薬かはご想像にお任せするよ」


 周囲に飛び交う呪力の虫を穴牟遅はそれとなく観察した。

 大量に細やかな動きをする呪力の虫は、穴牟遅の呪能と相性が悪かった。

 それがたとえどれだけ大きくても一つのものなら、簡単に余所へ移動させられた。


 しかしながら、無数の小さな対象にそれぞれ動き回られれば、改竄しなければならない情報は膨大となった。

 しかも、少数とは言っても配下の者たちを守らなければならなかったので、自分だけであるよりも状況は困難だった。

 配下の者たちが有する呪能も、事態の打開には向いていなかった。


典拠は以下の通りです。


常世神なる舶来の神が流行り、大穴牟遅神が五十狭々小汀で食事していたところに他神の来訪を報される:『日本書紀』


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