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日本神紀  作者: flat face
巻第三 地祇本紀 穴牟遅
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第五十四段 神語り

 建御名方に絡み付いた蔓は、彼の動きを封じた。

 今度は事代主が建御名方に斬り掛かった。

 しかし、建御名方は少しも動揺しなかった。


「鬱陶しい」


 蔓ばかりか依り代の木片まで地面と同様に液状化した。

 動きを封じるものの無くなった建御名方は事代主に斬り返した。

 それを事代主は何とか避けたが、その隙に建御名方は液状化した地面に沈んだ。


「お頭、奴の位置を掴めますか!?」


「大まかなところしか分からん」


 穴牟遅の呪能は位置の情報を把握して改竄できた。

 だが、物事には限界が存在して穴牟遅も例外ではなかった。

 事代主たちが地面に沈まぬよう彼らの位置を操作していたので、その分だけ把握は精度が落ち、改竄する力も弱まった。


「でしたら、我が身を第一に考えてください。お頭がやられたらみんな沈みますからね。お前ら、お頭を囲んで辺りを警戒しろ!」


 兵士たちに指示を飛ばし、事代主も地面に注意を走らせた。


「無闇に動き回るのは止めろ。恐らく奴にとって地面は水面と同じだ。水中は声よりも足音の震動が良く響くからな」


 穴牟遅が状況を分析し事代主たちに警告した。

 事代主たちはその場を動かずに周囲を警戒した。

 直ぐに襲ってこないということは地中においては地上の様子が目視できないと思われ、穴牟遅たちは視線を巡らし、建御名方が顔を出す瞬間を窺った。



 出来るだけ物音を立てぬよう穴牟遅たちは息を殺していたが、その静寂は馬の嘶きによって破られた。

 穴牟遅の乗っていた馬が一瞬だけ顔を出した建御名方に斬り付けられたのだ。

 人と馬では立てる物音が異なったので、それを聞き分けて襲ったのだろう。


 斬り付けられて興奮した馬は暴れ回り、盛大に物音を立て、穴牟遅のいる位置を建御名方に教えた。

 兵士たちの疎らなところから建御名方が飛び出した。

 地中を水中のようにする建御名方の呪能は、地中に響く震動を水中よりも鮮明にさせられ、物音が少ない地点を探せば、兵士たちの疎らなところは簡単に分かった。


 無論、姿を現した建御名方には兵士たちが殺到した。

 建御名方は彼らに向け、液状化した土石を水鉄砲のごとく跳ね上げた。

 土石は勢い良く跳んだが、途中で本来の堅さを取り戻して兵士たちを打ち据えた。


「調子こいてんじゃねえぞ、雑魚が!」


 事代主が依り代の木片で分身を何体も作り、一斉に建御名方を襲わせた。

 土石に打ち据えられても依り代は怯まなかった。

 依り代から伸びた蔓が再び建御名方を絡め取ろうとした。


「邪魔になりすらしない」


 建御名方は振り向きもせず、地面と同じく生命のない依り代を泥に変えた。

 そのまま彼は馬上の穴牟遅を斬り付けた。

 敵が地面に沈まないのは、穴牟遅が理由であると建御名方も見抜いていた。


 しかし、馬上の穴牟遅に刃が触れた瞬間、相手は木片となり、蔓が伸びて建御名方を絡め取った。

 そして、穴牟遅が突如として横合いから現れ、不意打ちで動きを封じられた建御名方に拳を叩き込んだ。

 事代主は依り代の一つを穴牟遅に化けさせ、穴牟遅の呪能が彼と依り代の位置を入れ替えたのだ。


「経絡を打撃で麻痺させたから、暫く術式は練れん」


 穴牟遅は根国で素戔嗚から常世の様々な技術を学んでもいた。

 その中には呪力の通る経絡に干渉する技もあった。

 膝を突いた建御名方を兵士たちが捕縛した。


「沼河姫と交渉する材料になってもらうぞ」


「その必要はありません」


 声がして穴牟遅たちが振り返ると、彼らは自軍でない兵士たちに囲まれていた。



 兵士たちの間から二人の女神が進み出た。

 一方は黒髪を勾玉の髪飾りを編み上げ、伸ばした前髪で目元を隠しており、青い着物をたすき掛けにして帯をきっちり巻いていた。

 もう片方は蒼い髪が顔の右半分を覆い、その雰囲気は地味というか陰気だった。


「私が高志沼河姫です、出雲の大穴牟遅神」


 黒髪の女神が穴牟遅に対して名乗りを上げると、隣にいる茶髪の女神を振り返って言った。


「こちらは信濃しなの八坂刀売神やさかとめのかみ


 信濃国しなののくには越と繋がりの深い国で、越の姫川ひめかわを遡っていけば州羽海すわのうみという湖に到達した。


「もう息子に手を上げないでください。息子に矛を収めさせます。話し合いの席に着きましょう」


「それだけの手勢を引き連れて戦いもしなのか?」


「建御名方の呪能で地面に鎮められた貴方たちを捕らえさせるつもりでした。そうすれば双方に大きな被害が出ることもありませんからね。ただでさえ姉倉比売たちに悩まされていますのに、そのような愚は犯せません」


「最初にそちらから殴り掛かってきながら、不利と悟って話し合いを望むとは随分と虫の良い話だな?」


「何か勘違いをしていませんか?」


 沼河姫の口元は笑っていたが、やはりその目元は見えなかった。


「被害が出るのを避けたいのは、そちらも同じではありませんか。貴方がここに来たわけは聞き及んでおります。私たちから必死に抵抗され、争いが更に大きくなっては困りますでしょう?」


「……ここまで聡い女王とは迂闊だった」


 そうして穴牟遅たちと沼河姫たちは停戦し、穴牟遅は兵士たちを越に駐留させ、沼河姫は重臣たちを呼び寄せた。

 戦闘の翌朝に準備が整って穴牟遅と沼河姫が会談し、穴牟遅は沼河姫を越における最大の同盟者とすることで両者は合意した。

 それは神人が歌で語り合う神語りに詠われ、その叙事詩は越に広められていき、穴牟遅たちへの恭順を促す宣伝となった。


典拠は以下の通りです。


高志沼河姫が翡翠の採れる姫川を支配している:『万葉集』


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