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日本神紀  作者: flat face
巻第三 地祇本紀 穴牟遅
54/228

第五十三段 越国

 越を鎮めに行く穴牟遅は、相当な軍隊を連れ、船で平定に向かった。

 彼は広矛を旗印とし、傘下の諸国から兵を募った。

 第二子である御井神みいのかみが生まれた八上姫の因幡など諸国は出雲に兵士を差し出し、穴牟遅の求めに応じた。


 穴牟遅も養子として引き取った諸国の子弟を将に据え、手柄を立てる機会を彼らに与えた。

 穴牟遅は養子たちに教育や訓練は施していたし、局所的な紛争で実戦を経験させてもいた。

 規模の大きな遠征は初めてで、出雲の国津神たちを中心に反対の声もあったが、穴牟遅は新しい世代の発言権を高めるために異議を斥けた。


 念のために彼は須勢理を出雲に残しておいた。

 意見は違っても仲間を信用しないのかと須勢理は問うたが、穴牟遅は議論よりも決断が必要な時もあると答えた。

 須勢理は納得していない様子だったが、家政を取り仕切る代わりに対外的なことは穴牟遅に任せていたので、食い下がることはしなかった。



 穴牟遅たちは越に着くと、まずは沼河姫の国を目指した。

 完全にとばっちりの沼河姫をひとまず救助せねばならないと考えたからだ。

 大いなる呪力を持つ翡翠の鉱脈を姉倉比売たちまたは能登比咩たちに抑えられては厄介であるという判断も働いていた。


「……止まれ」


 しかし、その道中における森の中で穴牟遅が不意に行軍の停止を命じた。


「どうしたってんですか、お頭?」


 それを事代主神ことしろぬしのかみが訝しんだ。

 事代主ことしろぬし湍津姫神たぎつひめのかみの息子で、彼女から差し出されて穴牟遅の養子となった。

 湍津姫たぎつひめは素戔嗚が天照との誓約で生んだ宗像三女神の一人だった。


 それゆえにか、事代主は髪が素戔嗚のような赤毛で、前髪を右側だけ長く垂らし、後ろ髪は一つ結びにしていた。

 宗像三女神がいるのは海に浮かぶ島々で、事代主も釣り人の格好をしていた。

 もっとも、事代主が神として祀るのは託宣の力だった。


「何か怪しい気配がする」


「えっ、まさかどこかに伏兵が?」


 穴牟遅の言葉に事代主は心から怯えた様子を見せた。

 それでも、彼は穴牟遅が最も重用している養子だった。

 そうであるからか穴牟遅は狼狽える事代主を叱責しなかった。


「それよりも大きな違和感だ」


 出征する前に出雲は越の情報を収集していた。

 だが、どれだけ準備しても完璧ということはなく、進軍する間は穴牟遅が呪能で周囲を警戒した。

 穴牟遅の呪能ならば周りで何か異変があったら即座に反応できた。


 ただし、素速く気付けても直ぐに対処できるかは別だった。


「草木が……沈んでいる!?」


 穴牟遅が察知した異変の正体は余りにも規模が大きかった。

 突如として周囲の地面が液状化し、森の草木が沈んでいった。

 どうしてそうなるのか分からず、出雲の軍は浮き足立った。



 沈んでいくのは草木だけに限らなかった。

 出雲の軍も地面に沈み込んでいき、彼らは恐慌に陥った。

 事代主が泣きべそを掻いて絶叫した。


「お頭、何とかしてくださいよ~!」


「既にしている」


 穴牟遅は呪能を発揮し、兵たちの位置情報を改竄して彼らが地中へ呑み込まれないようにした。

 しかし、相当な軍隊であることが裏目に出て穴牟遅は彼らを助けるのに掛かり切りとなった。

 それでも、新たに強い異変に気付いて一本の木へ視線を移した。


「……お前が異変の正体か」


 そこには一人の神人が太い枝の上に腰掛けていた。

 紺の合羽をまとったその神人は、緑の黒髪を三つ編みにし、黒い瞳で氷のごとく冷ややかに穴牟遅たちを見下ろしていた。

 出雲の兵たちが矢を射ようとしたが、穴牟遅がそれを制止した。


「私は越の戦乱を鎮圧するよう高天原から委任された大穴牟遅神だ。お前は越の神人か? こちらに敵対する意志はないので、呪能を解いてくれ」


「オレは建御名方神たけみなかたのかみ。高志沼河姫の息子だ。母のためにここは通さん」


「お前の母親に危害を加えるつもりはない」


「そんな言葉を信用できるわけがなかろう。余所者はいつもそうだ。甘言を弄して結局は母の管理する翡翠だけが目当てだ」


 その言葉には外部への不信感が在り在りと窺えた。

 実際、今回ばかりではなく以前からずっと沼河姫の国は狙われてきたのだろう。

 その過去は初対面の余所者が発する言葉よりも遙かに重かった。


 ならば、説得に時間を割くわけには行かなかった。


「そちらにも事情はあろう。だが、そのために争いを止めず、犠牲を増やしては本末転倒だ」


「知ったことではない」


 そう斬り捨てて建御名方たけみなかたは枝から飛び降りた。

 すると、水中へ飛び込んだように建御名方の姿は地中へ消えた。

 それを穴牟遅は冷静に観察した。


「名前から察するに水潟の力を神として祀るのか。呪能としては潟が土地を泥濘ませてしまうように周囲を泥と化す。一対一なら私だけで相手できなくもないが、味方が多人数とあってはそうも行かん」


 地中という絶対の死角から飛び出し、建御名方が穴牟遅に斬り掛かった。


「ゆえ、ここはお前に任せるぞ、事代主」


 事代主が間に割って入り、穴牟遅へ振るわれた建御名方の十拳剣を代わりに受けた。

 そのまま斬り捨てられるかと思いきや、事代主からいきなり葉っぱが生い茂った。

 気が付けば事代主の体も木片となり、伸びた蔓が建御名方に絡み付いた。


「お頭に刃向けてんじゃねえぞ、おらっ!」


 いつの間にか建御名方の背後にいた事代主が人の変わったように彼を怒鳴った。

 託宣は何かにそれとは別のものを宿らせることで、事代主は何かを宿らせる依り代を別のものに変えられた。

 また、自身に別の人格を宿らせることも出来た。


大穴牟遅神が諸国の平定に広矛を用いる:『日本書紀』

建御名方神が高志沼河姫の息子に当たる:『先代旧事本紀』


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