第五十一段 鎮守神
穴牟遅は出雲の王となったが、そのために彼が八十神を征伐していた時、領土拡大の好機とばかりに攻め込んできた国もあった。
八十神ほどではないにしても空亡の稜威に毒された神人たちは、決して少なくはなかった。
彼らは八十神があちこちに攻め込んでいたこともあり、その報復と称して出雲を攻めた。
しかし、政変を成功させた穴牟遅たちは体勢を立て直すと、攻めてきた神人たちを返り討ちにし、逆に彼らの国に攻め込んで筑紫国などを平定した。
八十神を止められなかった出雲にも非があるとは言え、攻め込まれて弱腰でいれば、良い鴨にされるだけだった。
そのようなことでは八十神を征伐した意味がない。
そうした中、出雲に味方する国もあった。
因幡の八上姫は身重でありながらも穴牟遅たちに加勢した。
穴牟遅はその恩に報いるため、八十神がいなくなったこともあり、因幡に代官を置くという取り決めを廃するよう高天原に求めた。
高天原はそれを認めたが、八上姫は因幡を出雲の傘下に置いてくれるよう請うた。
出雲が生まれ変わって強力になり、諸国の均衡が崩れたので、八上姫としては争いに巻き込まれぬよう穴牟遅の後ろ盾が欲しかったのだ。
穴牟遅がその申し出を受け入れると、謝意を示すために八上姫は出雲を訪れた。
「根国から帰って立派になったな、穴牟遅」
彼女は穴牟遅と僅かにしか顔を合わせていなかったが、それでも、彼が大きく成長したことを感じ取れた。
「もしそうなら稲穂のように実ほど頭を垂れるべきなんだが、呼び付ける形になって、すまない」
「お詫びに精一杯の持て成しをさせてくれよ!」
謁見の場には須勢理もいた。
須勢理は穴牟遅の妻として出雲に現れ、八十神の征伐でも大いに活躍していた。
八上姫がわざわざ出雲に出向いたのは、須勢理を目にするためでもあった。
三貴子たる素戔嗚と黄泉神であった奇稲田の間に生まれた須勢理。
呪力を濾過する呪能の使い手であるからこそ八上姫は須勢理の力がどれだけ凄まじいか理解できた。
しかも、そのような恐るべき呪力の持ち主でありながらも須勢理は力が荒れ狂っていなかった。
また、彼女は本人が強力であるのに加え、素戔嗚の娘という威信を有してもいた。
伝説の英雄として素戔嗚の名声は未だに出雲の外にさえ轟いていた。
そして、穴牟遅も素戔嗚の娘婿であるがゆえに彼と比べられる立場にありながら、かつて舅の部下であった神人たちからも認められており、若造と侮ることは出来なかった。
◆
国賓として出雲を訪れた八上姫は、国の様子も見させてもらった。
穴牟遅の王としての経験はまだまだ浅かったが、周りの支えもあり、出雲は八十神に支配される以前の活気を急速に取り戻しつつあった。
視察を終えた八上姫は、穴牟遅と二人きりの会談で彼に言った。
「まだ産まれたばかりの子なのだが、娘の阿陀加夜奴志多岐喜比売命を貴方の養女にしてもらいたい」
驚く穴牟遅に彼女は説明した。
出雲は既に幾つもの国々を傘下に収めているが、でたらめな支配を行っては反感を買うことだろう。
そこで、かつて高天原が因幡と出雲に提示した案を発展させてはどうか。
諸国は従来通り現地人によって統治されるが、その職務は出雲の代官に監察される。
出雲は諸国を指導するが、その子弟を人質という名目で養子として受け入れ、教育を施していずれは政権の中枢を担わさなければならない。
そうすればやがて諸国間に一体感が生まれよう。
「……出雲に地上の高天原になれと?」
元となった案は高天原が提示した。
その案において最終的な決定権を握るのは高天原だったが、八上姫の提案はそれを出雲に移していた。
見ようによっては高天原に取って代わる行いだった。
「高天原が唯一の権威ではないさ」
それは国津神の実感だった。
他神らと日常的に交流している国津神たちは、高天原での生活に自足する天津神たちよりも外の世界を知っていた。
たとえ高天原より上位に立つことはなくても、その権威を相対化できた。
「そして、その権威にいち早く取り入り、地歩を固めるわけか」
「吹けば飛ぶような小国は、その分だけ身軽なのだから、生き延びるためにはそれを活かし、機を見るに敏でなければならん」
自分の子どもさえ政争の具にしなければならない八上姫は自嘲するように嘆息したが、それは若い王を教え諭しているかのようでもあった。
◆
八上姫の提示した案は穴牟遅によって会議に掛けられ、そこに集まった神人たちは、提案を受け入れることにした。
傘下に収めた国を現地人の王に統治させれば、そこに軍を派遣しなくて良く、土地の厄介な問題の当事者とならないで済み、外敵を無闇に刺激しないでいられた。
ただし、自治を認めるかはその王に国の治安を維持する能力があり、出雲に対して忠実であることが条件とされ、そうでなければ王は廃されて出雲がその国を直接に統治した。
また、王はいざという時に出雲へ人員を提供し、物資を補給することが期待された。
外敵と直接に相対しなくなったとは言え、傘下に入った国の安全に関し、最終的な責任があるのは出雲だった。
そのためには出雲の力だけでは足らず、そのような点からも子弟の受け入れは好ましかった。
多岐喜比売の縁組みは八上姫がまだ赤子の彼女を木の俣に差し挟み、須勢理が抱き上げるという形で行われた。
いきなり母親になってしまった須勢理は穴牟遅たちに見守られながら、姑たる若比売に教えられた通りのやり方でおっかなびっくり多岐喜比売を抱き抱えた。
幼すぎてわけが分からぬ多岐喜比売は、抱っこされた心地良さに無邪気な笑い声を上げた。
「良くしてやってくれ」
多岐喜比売の笑顔に須勢理が釣られて笑い、それを見た八上姫は、娘が産まれた時の自分を思い出して儚げに微笑んだ。
典拠は以下の通りです。
大穴牟遅神が筑紫国を平定する:『上記』
稲羽八上姫の娘である阿陀加夜奴志多岐喜比売命が大穴牟遅神にとって初めての子となる:『出雲国風土記』




