第四段 天神七代
別天津神でない三人の神人の内、一人が高皇産霊と神皇産霊の方に進み出た。
「お初にお目に掛かる。私は国之常立神と申す者。彼らの神威に触発され、葦の芽から生まれた」
国之常立と名乗った神人は、葦牙彦舅と天之常立を振り返ってそう言い、それから、別天津神でない後の二人を振り向いた。
「こちらは国狭槌尊と豊雲野神で、私に続いて葦から生まれた。私は地の、国狭槌は土の、豊雲野は雲の力を神として祀る。どうか私たちを天津神として高天原に迎え入れてほしい」
「ふむ……」
確かに国之常立の言うことには筋が通っていた。
天之常立と共に生まれた葦牙彦舅の名前には葦の音が入っており、葦は生命力の象徴なので、別天津神の強大な力が余波で新たな神人をもたらしても不思議ではなかった。
葦牙彦舅と天之常立も国之常立の話を否定しなかった。
「言挙げとしては及第点だ」
高皇産霊が国之常立にゆっくりと歩み寄り、彼に指を突き付けた
「しかし、理屈だけで相手を納得させられると思うな」
そのように述べた刹那、高皇産霊の指先が光り、国之常立が吹っ飛ばされた。
「……ほお、その頑丈さは確かに地を祀っているようだな」
それでも、国之常立は何事もなかったかのごとく立ち上がると、白い軍服に付いた汚れを払い落とし、その姿に高皇産霊は感心した。
「光の礫を喰らっても無傷か」
高皇産霊がその力を神として祀る陽は、万象を生成する太極から分かれ、光や熱を司っていた。
「地が固いだけと思われているのは心外だがね」
国之常立の周りに漂う空気が揺らいだ。
大地はしっかりした変わらない土台であるだけではなく、地震という天地をひっくり返すような天災を起こす。
転覆が錯覚であるのは言うまでもないが、そうした概念を持てば、神人はそれを行使できた。
そのことを高皇産霊も当然ながら分かっており、だからこそ、武者震いしてその青髪と紅い外套を靡かせ、空中に光の矢を何本も浮かべた。
それは光速で発射されるだけではなく、太陽のごとく膨大な熱量を有してもいた。
だが、国之常立とて臆することなく、麒麟の鬣がごとき長髪を黄金に輝かせ、激しく大気を震わせた。
両者が招きかねない災害の規模には、葦牙彦舅と天之常立、国狭槌、豊雲野も流石に焦りを見せた。
「高皇産霊、人を試すのも好い加減にしてくださりませんと、陽根を引き千切って捻り潰しますよ?」
ところが、神皇産霊の声が二人の間に割って入り、それと共に光の矢が消え、国之常立の髪も輝きを失った。
薄紫色の長い髪をなびかせ、紅い軍服をまとった神皇産霊は、おっとり微笑みながら立っているだけだったが、その周囲に無数の小さな黒い穴を渦巻かせていた。
穴は真っ暗であってその周りはものがねじ曲がって見えた。
神皇産霊がその力を神として祀る陰は、闇や重たいものを司り、その重力は光さえ引き寄せ、呑み込んで粉々に押し潰した。
「ああ、すまん。余りの楽しさについつい我を忘れてしまった。許せ、神皇産霊」
全く悪びれずに高皇産霊は神皇産霊に詫び、国之常立に片手を差し出した。
「楽しませてくれて礼を言う。本当は豊雲野の方も試してみたいのだが、神皇産霊を怒らせたくはないので、追々そうしていこう。ようこそ、高天原へ」
「貴方たちみんなを歓迎いたします」
高皇産霊と国之常立が手を握り、神皇産霊が残り四人にも笑顔を向けた。
◆
国之常立たちは別天津神と同格の天津神として高天原に迎え入れられ、高皇産霊や神皇産霊と同様に神人らを生成した。
国之常立たちから生まれた神人たちは、いずれも兄と妹の二人一組だった。
国之常立を第一代と数え、その次に生まれた国狭槌と豊雲野を第二代とし、それ以後は一組で一代とすれば以下のようになった。
第三代の泥土煮尊と沙土煮尊、第四代の角杙神と活杙神、第五代の大苫彦尊と大苫姫尊、第六代の面足尊と綾惶根尊、第七代の伊邪那岐神と伊邪那美神。
第三代は菌類などのいる泥と砂、第四代は植物の雄と雌、第五代は動物の牡と牝、第六代は人間の男性と女性の力を神として祀った。
それは雲が恵みの雨を降らせ、土地の泥と砂が潤い、生物が育まれていくことを意味した。
そして、第七代は神人の男神と女神の力を神として祀った。
神人の力を神として祀る伊邪那岐と伊邪那美の在り方は自己言及的で、円環のように閉じていた。
それ故か国之常立は伊邪那岐と伊邪那美で一つの区切りとし、第一代から第七代までの神人は天神七代と呼ばれた。
◆
国之常立は身に着けていた金の法輪を外しながら考えた。
(これで機は熟した)
その金輪を彼は半分に割った。
すると、二つの半輪は一方が赤色の、もう片方が白色の玉となった。
それらの玉で国之常立は龍の像が絡み付く剣鉾を飾った。
(今のところは空亡に勘付かれていないようだ)
剣鉾は高天原の下に広がる青海原で現じた。
高天海原と称されるようになっていたその海原でとある葦の芽が水気を変じさせたのだ。
その葦芽は金剛杵が変化した例の葦で、国之常立もその芽から国狭槌および豊雲野ともども生まれた。
(しかし、奴が姿を隠しているからか、どうも嫌な予感がする)
如来の法力より生まれたがゆえに国之常立たち天神七代は神人であっても空亡の系譜に属さなかった。
それは神人に身をやつして空亡に悟られぬよう仏法を広めるためだった。
天神七代の初代として金剛杵の法力を最も色濃く受け継いだからだが、その力が国之常立に胸騒ぎを覚えさせた。
典拠は以下の通りです。
国狭槌尊が国之常立神および豊雲野神と共に生じる:『日本書紀』
金剛杵が神を化生させ、水気を天之瓊矛に変じさせてそれに龍が絡み付く:『大和葛城宝山記』
仏法が顕れて国之常立神と伊邪那岐神および伊邪那美神が出現し、金輪が二つに割れ、赤と白の半輪となる:『日諱貴本紀』