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日本神紀  作者: flat face
巻第三 地祇本紀 穴牟遅
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第四十七段 根之堅洲国

 薬を作るのと同様、それを黄泉神に飲ませることも、穴牟遅はこつを掴んでいった。

 勿論、荒事は須勢理の担当だったが、別分野で穴牟遅も大いに役立った。

 それは黄泉神がいる位置の把握だった。


 穴牟遅が仕事に慣れてきたのを見た素戔嗚は、彼に槌と袋の法具を授けた。

 それらには宝珠が付いていた。

 その宝珠は如意宝珠というもので、天人や神人の違いに関係なく持ち主の意思に従い、その能力を発揮させた。


 それによって穴牟遅はその五感が認知できる範囲で何がどこにあるのか把握できた。

 しかも、位置の情報は固定されたものではなく、対象の運動を分析し、どう移動していくのかを予測することまで可能とした。

 その能力は暴れ狂って行動が読みにくい黄泉神に対処するには持って来いだった。


 それまで長年の経験で培った勘を頼りにしてきた須勢理は、穴牟遅の支援にかなり助けられた。

 熟練の狩人であっても狩りに油断が禁物であるのと同じく、黄泉神の暴走は危険が付き物だった。

 誇りはあっても傲りはしない須勢理は、根国の仲間でもある黄泉神を見くびることなどしなかったが、寧ろそのために心理的な負担が大きく、それを穴牟遅は減らすことが出来た。


 一人前となるための修行期間も含め、家族を除いて須勢理が仕事で背中を預けた者はいなかった。

 今まで会ったことのない種類の神人であるのに加え、安心感や信頼感も抱くようになり、気付けば須勢理は穴牟遅のことばかり考えていた。

 運命の人は外からやってくるという母の言葉が頭をよぎりもした。



 須勢理が話し掛けようとした時、素戔嗚は室で蜂に餌を与えていた。


「……なあ、父さんは出雲の王だったんだよな」


「遠い昔の話だがな」


「でも、今だって出雲がどうでも良いってことはないだろ?」


「須勢理、父者から任された高天海原を治めきれなかった俺だが、ここを放って出雲を構うつもりはないぞ?」


 素戔嗚の言葉に須勢理は頷いた。


「ああ、それは分かってる。だから、オレが父さんの娘として出雲に行くことを考えてるんだ。穴牟遅が出雲へ帰る時にオレも付いていきたい」


 それまで巣箱の方を向いていた素戔嗚が須勢理を振り返った。


「俺の娘だからこそお前もここを放ってはならんだろ?」


「いや、可愛い子には旅をさせるべきだ」


 第三の声が須勢理と素戔嗚の会話に割って入った。


「奇稲田……」


「帰ってきてたんだ、母さん」


 素戔嗚の妻にして須勢理の母である奇稲田が室の入り口に立っていた。


「うむ。ただ今、帰ったぞ、我が益荒男と愛娘よ。中々に有益な調査だった」


 夫および娘や姉たちと一緒に根国へ降った奇稲田は、地底の世界を調べて回るため、留守にしていることが多かった。

 根国の全貌は素戔嗚たちもまだ掴めていなかった。

 未知の地域に黄泉神が逃げ込むだけでも厄介だったし、そこに何があるかも分かったものではなかった。


「しかし、俺様の娘も遂に色気付いたか。しかも、相手は外から来た男。血は争えんというやつか」


「ちょっ、ただオレは父さんの娘としての義務感から……!」


「その割りに素戔嗚へ話し始めてからずっと顔が真っ赤だったぞ」


 慌てふためいて須勢理は紅潮した、両頬に手を当て、それを見て奇稲田は爆笑した。


「素直でないところは貴様に似たか、素戔嗚!」


「可愛らしいところはお前に似たな、奇稲田」


「五月蠅いっての、二人とも!」


 真顔のまま素戔嗚が須勢理に尋ねた。


「だが、実際問題として穴牟遅なら、お前がいなくても出雲を取り戻せるだろう。根国を統べる立場で言わせてもらえば、俺はお前に残ってほしい。我を通すならばそれについての責任ある説明はもらいたいな」


「……穴牟遅は出雲だけを見てるんじゃねえんだよ。あいつは出雲じゃなくて葦原中国の大国主になるつもりだ。オレはその夢を支えたい」


 素戔嗚の片眉が上がった。



 野原へ一緒に来い。

 そう告げられて穴牟遅は素戔嗚に連れ出された。

 須勢理もそれに同行した。


 眼下に草原の広がる丘に立ち、素戔嗚が穴牟遅に言った。


「お前には位置を把握する能力があるようだな」


「はい、法具がなければ行使できませんが」


「それを確かめてやる。もしかしたら呪能を開花させてやれるかも知れん。この矢を取ってこい」


 弓を携えていた素戔嗚は、そう命じて鏑矢を広野の中に射入れた。

 穴牟遅は丘を下り、広野に入っていった。

 すると、素戔嗚は指を鳴らして呪能を振るい、風で草が擦れるのを加速させ、それで熾した火を強風に煽らせた。


 野火は素戔嗚の操る風を受け、穴牟遅を取り囲むように燃え広がった。


「穴牟遅!?」


 須勢理が彼を助けに行こうとしたが、素戔嗚が行く手を遮った。


「どけ!」


 相手の意図も訊かず、須勢理は素戔嗚に蹴りを放った。

 しかし、素戔嗚は気流を加速させ、須勢理の蹴りをあらぬ方向へ逸らし、つんのめった娘を地面に押さえ付けた。

 須勢理が斥力で父を弾き飛ばそうとしたが、素戔嗚はそれを封じ込めるように風を展開させた。


「もう少し自分の親と意中の相手を信頼したらどうだ?」


 何とか顔を上げ、須勢理が広野の方を見遣ると、そこでは穴牟遅が火に焼き囲まれながら、必死に活路を見出そうとしていた。


典拠は以下の通りです。


大穴牟遅神が袋と槌を持っている:『垂加翁神説』

大穴牟遅神の袋と槌に如意宝珠が納められている:『覚禅鈔』


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