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日本神紀  作者: flat face
巻第三 地祇本紀 穴牟遅
42/228

第四十一段 大国主

 天照は八上姫および八十神を前にし、両者の紛争へ高天原が介入するに至った経緯を話した。


「月読の呪具である変若水を高天原に持ってきた者たちがおった。そやつらが言うには因幡で見付けたそうじゃ。つまり月読は因幡におるやも知れん」


 そう言って天照が見せたのは、白兎と穴牟遅が隠岐島から取り出してきた変若水で、二人もそれぞれ八上姫と八十神の側に侍っていた。


「その因幡で争いが起きていたら、月読が巻き込まれることも有り得よう。葦原中国にいたとしても、高天原には天津神を保護する責任がある。無論、仲裁は第三者として中立の立場でやらせてもらうぞ」


 別天津神たちが出向けば出雲から因幡まで焦土と化すことも出来た。

 それゆえ、高天原の仲裁と言っても実質的には押し付けに過ぎなかった。

 もっとも、力による支配は安定しないし、高天原も葦原中国を荒廃させる気などなかったので、実際は八上姫と八十神の双方に配慮しなければならなかった。


 天照は八上姫が因幡の女王でいることを認めたが、その統治は八十神の代官によって指導されなければならないとした。

 ただし、代官の任命は高天原の決定に従わねばならず、更にその職務は監察の対象ともなった。

 そして、天照は穴牟遅を代官に任じた。



 高天原の仲裁で八上姫と八十神の紛争は手打ちとなり、和解の祝宴が天照も交えて因幡で開かれた。

 酒を酌み交わす内に日も暮れ、酔いの回った天照は、夜風に当たるために中座した。

 そこに同じく座を立った八上姫が現れて声を掛けた。


「何故にあのような裁定を下したのですか?」


「穴牟遅のことを言っとるのか?」


 天照に言葉に八上姫は頷いた。

 高天原の差配で因幡が名を、八十神が実を取るところまでは理解できる。

 しかし、そのために任じられる八十神の代官が穴牟遅であるというのが分からなかった。


 穴牟遅は八十神に従わされた神人の一人でしかなく、全く無名と言って良かった。

 そのような穴牟遅を代官に任じるのは、高天原が彼を傀儡として因幡を支配するつもりであると受け取られかねなかった。

 実際、八上姫もそう疑っていた。


「それは僕が進言したからです」


 背後からの声に八上姫が振り返ると、そこには白兎がいた。


「彼に何かを見たのか?」


 白兎がその力を神として祀る月は、人を狂気に陥らせるとされるが、神的な狂気は未来を予知させた。

 白兎が見通す運命は、遠い先のことなので、いつそうなるかは分からなかったけれども外れはしなかった。

 それを八上姫も天照も誓約で確かめていた。


「はい、今は下男のごとく荷物を背負ってますが、あの人はそのままで終わるような人じゃありません。いずれ大いなる国の主となることでしょう。八上姫、その時には貴方も彼に……」


「従わざるを得ないというわけか」


 言いにくそうな白兎の言葉を八上姫が引き継いだ。

 八上姫には夫がいたけれども因幡の君主は飽く迄も彼女だった。

 その八上姫がどれだけ苦労して因幡を守り、豊かにしてきたかを白兎も知っていた。


 呪力を無害なものに濾過できる八上姫は、その呪能により因幡の整序に努めてきた。

 だが、濾過した力の澱は八上姫の体に沈潜し、彼女を常に苦しめ、その顔に憂いを帯びさせていた。

 けれども、八上姫はそこまでして育てた果実が横取りされる現実を受け止め、それを予言した白兎を責めなかった。


「八上姫……」


 自分も同様の目に遭って同じ態度を取れるとは断言できず、天照は相手の気持ちが分かるなど口が裂けても言えなかった。


「もし穴牟遅が因幡に害をなすのなら、わたしは決してそれを見過ごさん」


 だから、相手の手を握って目を逸らさず、敬意を込めて誓うしかなかった。



 因幡の代官に任じられることになった穴牟遅は、一旦、八十神ともども出雲に戻った。

 既に出雲には因幡での話が広まっていた。

 若比売もそれを聞き知り、帰ってきた息子を問い質した。


「呪能もまだ使えないお前が、何だって代官なんかに任じられたんだい?」


 荒っぽい口調であったけれどもその見た目には似付かわしかった。

 桃色の髪を巻き上げた若比売は、白い衣を大胆に着崩し、胸元などをかなり露出させていた。

 その顔は凜々しかったが、大きな傷痕があった。


「くれぐれもヘマすんじゃないよ。やっとツキが回ってきたんだからね。これを機に出雲を取り返すんだよ」


 彼女は傷痕ともども顔を歪ませて穴牟遅を焚き付けた。

 若比売に傷を負わせたのは八十神だった。

 八十神に国を攻め滅ぼされた時、若比売は激しく抵抗した。

 彼女が生け捕りにされたのは、冬衣を人質に取られたからだった。


 彼女は八十神への恨みを募らせ、表向きは彼らに従いつつ、復讐の機会を窺っていた。

 穴牟遅にも若比売は八十神に対する憎しみを吹き込み、出雲の奪還こそが何よりも優先されると言い含めた。

 しかし、そのような母に穴牟遅は疑問を覚えた。


 憎しみに駆られた復讐は力を荒れ狂わせ、過剰な力の行使は新たな憎しみを生むに違いない。

 若比売の怨念にそれを感じるからこそ穴牟遅は白兎と手を組んだ。

 白兎は月読について偽りをなすことに苦しみつつ、彼女がまだ因幡にいるかも知れないと嘘を吐き、八十神との争いに高天原を介入させた。


 彼は穴牟遅が大いなる国の主になると予言してもいた。

 穴牟遅にはその運命を引き受ける覚悟があった。

 驚きはしたけれどももしそうなら、暴走する力の連鎖を自らの手で止めることが出来るかも知れない。


「ああ、しっかりやってみせるよ、母さん」


 だが、八十神とて天照の裁定に何も思っていないわけではなかった。

 彼らは代官に任じられた穴牟遅に対し、評価を改めることとした。

 そして、穴牟遅の秘めたる力を試すべく彼が因幡へ赴任する道中に罠を仕掛けた。


典拠は以下の通りです。


天照大御神が白兎神に案内される:『慈住寺縁起』


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