表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
日本神紀  作者: flat face
巻第三 地祇本紀 穴牟遅
40/228

第三十九段 因幡の白兎

 穴牟遅なむぢは因幡への遠征に従者として同行した。

 穴牟遅は未だ呪能の才が開花しておらず、八十神から劣弱な神人と見なされていた。

 彼は八十神に届ける荷物の入った袋を担ぎ、出雲と因幡を幾度も往復した。


 穴牟遅が白兎神しろうさぎのかみと出会ったのは、気多岬けたのみさきの砂浜においてだった。

 白兎しろうさぎは獣人の国津神で、人の体をしているが、兎の耳を持っており、銀色の毛並みをしていた。

 背丈は兎のように小さく、見た目は丸きり子どもだった。


 兎の尾を模した黒い衣装を着けていたが、それは刃で切られたように裂けており、体も兎が毛を毟られたように傷だらけだった。

 痛さに苦しんでいるのか、白兎は泣くのを堪えながら倒れ伏していた。

 そのようなところに穴牟遅は通り掛かった。


「おい、大丈夫か?」


「べ、別に何てことないです……」


 袋を置いて問う穴牟遅に白兎は苦しげに答えた。

 しかし、その声には強い意志が感じられた。

 それが却って穴牟遅には幼気に思えた。


 何故に白兎が意地を張っているのか彼には分からなかった。

 それでも、幼子のような神人が傷だらけで倒れているのを放ってはおけなかった。

 白兎の姿に穴牟遅は自身の境遇を重ね合わせてもいた。


「人からそう訊かれる時点で大丈夫じゃないって気付け」


 彼は溜め息を吐いて白兎を担ぎ上げ、何かに気付いたような表情をし、山から砂浜に続く足跡に目を向けた。

 降ろしてもらうため、それまで伏せていた白兎が顔を上げた。

 そうして穴牟遅の顔を見た。


 桃色の髪を長く伸ばした穴牟遅は格好が見窄らしく、目付きが鋭くて影のある表情をしていたが、その横顔は紅を差したように艶やかだった。

 それに見惚れたように白兎は抵抗するのを止めた。

 穴牟遅は砂浜を離れ、河口の方に白兎を連れていった。



 穴牟遅は河の真水で白兎の体を洗い、河口に生えていた蒲の穂を取ると、近くにあった洞穴の地面に敷き散らした。

 白兎はその上を転がるよう言われた。

 洞穴の入り口に陣取った穴牟遅は、白兎が教えられた通りにするのを見守りつつ、傷だらけであったわけを話させた。


 白兎の言うところによれば彼は隠岐島に住んでおり、海を越えて豊穣な因幡の地に渡ろうとした。

 その手段として白兎は仲間の多さを較べてみようと言い、魚人である鮫の国津神たちを隠岐島から気多岬までずらりと並ばせた。

 彼は鮫の背中を一つ・二つと数えながら渡ったのだが、因幡の地に到着する時、思った通りにことの運んだ嬉しさからつい口が滑り、仲間の多さを較べるつもりなどなかったと言ってしまった。


 騙されたと知った鮫は、怒って白兎に噛み付き、白兎は這々の体で鮫の牙から逃れ、何とか気多岬まで辿り着いた。


「これに懲りたならもう人を騙そうとするな」


 蒲の花粉には傷を治す呪力があり、それによって白兎が元通りになると、穴牟遅が彼を戒めた。


「人を騙すなんてもう懲り懲りです」


「鮫がいる手前、海を渡るのは難しいだろうから、隠岐島に帰るのを手伝ってやろう」


「本当ですか!?」


 それまでずっと穴牟遅を警戒していた白兎が嬉しそうに言った。


「ああ、俺は嘘を吐かない」


 穴牟遅は両腕を広げて答えた。


「お前が俺を騙すことを止めればな」


 その言葉に白兎は周囲へ素速く視線を走らせた。

 洞穴は奥に広がっていなかった。

 入り口は穴牟遅が両腕を広げて塞いでいた。


「逃げようとしても無駄だ。それが出来ない場所を選んでいる。もっとも、後ろめたいことがなければ、逃げる必要なんてないが」

「……僕が貴方を騙してるなんて言い掛かりも甚だしいですよ」


「お前の足跡は山から砂浜へと続いていた。海を渡ってきたのなら、逆でなければおかしいはずだ。本当は海を渡ろうとしたんじゃないか?」


 穴牟遅は立ち上がって白兎に歩み寄っていった。


「嘘の話に隠岐島の名前を出したのはそこが目的地だからか。あわよくば送ってもらえると考えて。そう提案したら予想通り食い付いた」


 逃げ道が無くなった白兎は、穴牟遅が近付いてくるのを止めようとするかのように彼を睨んだ。


「近寄るな!」


「いや、八十神の縁者としてそうは行かない」


 穴牟遅の明かした身の上に白兎が息を呑んだ。


「担ぎ上げた時にお前の体から奴らの呪力が感じられた。お前の傷が鮫の牙ではなく、何か刃のようなもので付けられたことを考え合わせるに、十中八九、八十神が面白半分に嬲ったんだろう」


「僕は何も言うつもりはないぞ」


「嘘を吐かないならそれで良いし、俺は八十神のやっていることが気に喰わないからお前を手伝うだけだ。もしお前を騙すつもりなら、黙って隠岐島まで送ってる」


 正面から白兎を見据え、穴牟遅は彼に手を差し出した。

 白兎は何かを読み取ろうとするかのように穴牟遅を見詰めた。

 それから、穴牟遅の手を握った。



 穴牟遅たちは白兎の案内で隠岐島に向かった。

 海は鮫たちに頼んで渡らせてもらった。

 渡し賃は穴牟遅が八十神に届けるはずであった荷物の一部で支払った。


 怠業や横流しは以前からやっていた。

 八十神へのささやかな抵抗だった。

 しかし、今回は趣が異なった。


 隠岐島には因幡と八十神の戦いを終わらせられるものがある。

 それを白兎は月読から賜って隠岐島に隠したと言った。

 素戔嗚の子分を父に持つ穴牟遅も、三貴子の次女を名前くらいは知っていた。


出典は以下の通りです。


白兎神が月読命を知っている:『花喜山城光寺縁起』


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ