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日本神紀  作者: flat face
巻第三 地祇本紀 穴牟遅
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第三十八段 八十神

「天の日槍の命、韓国より度りて、宇頭の川底に来到りて宿処を葦原の志挙乎の命に乞ひけらく、『汝は国の主なり、吾が宿らむ処を得まく欲ふ』と云ひしかば、志挙乎すなわち海の中を許しき」(『風土記』)

 素戔嗚が奇稲田や彼女の姉たちと連れ立って根国に入った後、彼の子分たる八島士奴美神やしまじぬみのかみ布波能母遅久奴須奴神ふはのもぢくぬすぬのかみ深淵之水夜礼花神ふかふちのみずやれはなのかみ八束水臣津野命やつかみずおみづぬのみことらが葦原中国のことに当たった。

 彼らは須賀の宮殿から四方に散り、葦原中国を統括しようとした。

 素戔嗚の女房役であった神大市比売かむおおいちひめも子分たる大年神おおとしのかみ倉稲魂命うかのみたまのみことを連れ、国土を整序していった。


 そうした素戔嗚らの活動は、高天原にも伝わっていた。


「ふむ、高天原の次代を担う者として素戔嗚たちを褒めに行かねばならんのう」


 天照は葦原中国についての報告を読むと、弟らが父母の国造りを引き継いでいることににんまりとした。


「高天原の中ならともかく、葦原中国にまで怠けに行かないでくださいよね」


 仕事中の天照を手伝っていた稚日女が釘を刺した。


「あれは怠けとるんじゃのうて視察じゃ!」


「それでしたら豊受の店で飲み食いする量を少し控えては如何かと」


「いや、あれは料理を通して作物の出来とかを知るための何やかやで……」


 突っ込まれた天照は目を逸らしながら言い訳した。

 素戔嗚との一件があって以来、天照に高天原を主宰させるための教育は改められ、父親代わりの高皇産霊が何かと相談相手になり、別天津神および天津神たちと協働することも増えた。

 それらの合間における息抜きにも変化が訪れ、天照は以前よりも気負わずに神人たちの輪に入れた。


 そして、そのような天照を稚日女は良く支えた。

 呪能が開花していないのは相変わらずだったが、仕事はきちんとこなしており、神を祀るための機織りを代行するなど天照の代理を任されてもいた。

 その姿は前任の近侍である月読を彷彿とさせ、天照と稚日女を姉妹のようであると言う者もいた。


 もっとも、それを天照に面と向かって言う者はいなかった。

 月読の捜索は続けられていた。

 素戔嗚との一件があったので、形振り構わず捜索することはなかったが、天照は未だ妹を見付けられぬことに心を痛めていた。



 一日の仕事が終わり、天照と別れて一人になった稚日女は、宝物が収蔵されている部屋に入っていった。

 そこに収められている宝は、天津神や国津神から献上されたもので、日像鏡および日矛鏡や天叢雲剣もあった。

 稚日女は戸口に術を掛けた。


 その顔付きは御中主のものになっていた。

 高天原は御中主が誕生させたものなので、その術が掛けられた戸口は、誰も入れないどころか認識すら出来ない端境となった。

 御中主は八咫鏡の前まで歩いていった。


「素戔嗚らの動きはどうする、お父様?」


「我が子らの勢いが盛んなのは嬉しい限りだ」


 鏡面に空亡の目玉が浮かび上がり、御中主の問いに答えた。

 八咫鏡に向かう御中主の眼も、赤い輝きを帯びていた。

 その光を反射する八咫鏡は旭日のようで、夜明けがもたらされる空亡の時を思わせた。


「しかし、曽尸茂梨に渡っていたのが気に掛かる」


 空亡の目も流石に常世には届かなかった。

 御中主も稚日女が天照の近侍という立場だったので、おいそれと高天原を出るわけには行かなかった。

 それゆえ、曽尸茂梨で素戔嗚に何があったのかを、空亡と御中主は掴めていなかった。


 そうかと言って仲間を増やすことも出来なかった。

 いたずらに拡大すれば如来らの注意を惹きかねなかった。

 それよりは、迂遠でも確実な手段を選んだ方が良かった。


「余所の草木が植えられたとなれば、腐らせて造り変える他あるまい」


 鏡から黒い水のようなものが流れ出した。

 水は床に落ちると、そのまま染み込んで高天原の地面を伝い、黴雨に混じって葦原中国に降り注いだ。

 雨の出所は御中主が呪能で覆い隠した。


「どんな花を咲かすかどきどきするね」


 頬を赤らめて御中主は心から楽しそうにはにかんだ。



 空亡が流れ出させた黒い水は、雨に混じっても稜威なるものだった。

 その水に潤されたものは生命力に満ち満ちたが、それは余りにも過剰だった。

 あらゆる生命が力を持て余してそれを蕩尽しようとした。


 生命力を最も蕩尽するものは何か。

 闘争だ。

 おびただしい血と炎が迸り、国津神たちまでもが悪鬼のごとく無数の剣を煌めかせた。


 天津神たちは葦原中国の混乱を収束させようとしたが、地上は天上と勝手が違い、対応は後手に回らざるを得なかった。

 その間に葦原中国の出雲では八十神やそがみなる勢力が台頭した。


 八十神は大勢の国津神たちからなり、敵の主立った神々を屈伏させ、その者たちに付き従っていた多くの神人たちは隷属させた。

 八十神は神殿などを焼き払って敵地を焦土に変え、そこを自分たちの色に染め上げた。


 素戔嗚の子分であった天之冬衣神あめのふゆきぬのかみも八十神によって捕らえられた神人の一人だった。

 冬衣ふゆきぬには刺国若比売さしくにわかひめおよび大穴牟遅神おおなむぢのかみという妻子がいた。

 彼らは八十神のものになった。


 八十神は冬衣を捕らえたことで出雲を支配下に置いた。

 勢いに乗った彼らは伯耆国ほうきのくにも支配した。

 そして、その次に八十神は因幡国いなばのくにを狙った。


 因幡いなばは大変に豊かな国であって呑み込むのに魅力的だった。

 八十神は出雲を発ち、伯耆ほうきを通って因幡を攻めた。

 しかし、因幡の併呑は容易くなかった。


 因幡は稲羽八上姫いなばのやがみひめなる神人に治められていた。

 八上姫やがみひめは女性の国津神だったが、国土を荒らす鬼の黄泉神を滅ぼしており、単に強いだけではなくて民から慕われてもいた。

 そのような女王から国を奪うのは困難だった。


 因幡を攻めるのには穴牟遅なむぢも駆り出された。

 冬衣と若比売わかひめを人質に取られていたので、穴牟遅は拒むことが出来なかった。

 冬衣は岩屋に軟禁され、若比売の方はある程度の自由を許されたが、それは息子と同じく八十神のために働かされているからだった。


典拠は以下の通りです。


濁水が悪鬼となり、高天原が地上の混乱を治めようとするも失敗する:『霊界物語』

大穴牟遅神が素戔嗚尊の子孫ではない:『出雲国風土記』

稲羽八上姫が鬼を滅ぼす:『因幡誌』


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