第二十七段 幽契
天照は水蛭子に負ぶわれ、豊受の店へ連れていかれた。
天照を心配する天津神たちにそこで彼女の呪力を鎮めるとの説明がなされた。
それは本当のことだったが、その方法までは語られなかった。
「さて、野郎どもは出ていきな」
店の奥にある部屋で天照を布団へ寝かせると、豊受が国之常立と水蛭子に言った。
「そう言われれば是非はあるまい」
「ワイの妹をほんま頼むで」
国之常立と水蛭子がその場を後にすると、豊受は天照に向き直って告げた。
「これからアンタの呪力を鎮めさせてもらうよ」
「わしの力を分解するのか?」
それに対して天照は手負いの獣のごとく身構えながら問い掛けた。
「いんや、アタシにそんな呪能はないし、思兼の道具じゃ分解しきれない。伊邪那岐は葦原中国のことで手一杯。それに、娘のこんな様を父親に見せるのは胸糞悪いしね」
「お主は何が言いたい──」
傍らにあった酒を飲む豊受に天照が重ねて問おうとしたが、豊受が天照に口付けして彼女を黙らせた。
酒が豊受から天照へと口移しされた。
それは水のようにすっと飲み込めたが、後から酒精が込み上げ、天照は顔を赤くしてよろめいた。
布団に入ってきた豊受は、そのような天照に手を伸ばし、両脚の間に突っ込んでそこにあるものを握った。
「んぅ!?」
切なげに眉根を寄せ、天照の体がぴくんと跳ねた。
大日の印文を身に着けていた伊邪那岐から生まれ、彼の子どもで天照は最も大日の法力を受け継いでおり、大日と同じく男女の二根を具えていた。
その男性の方を豊受は自身の女性に宛がった。
「交合は呪力を混ぜ合わせられるし、体液を介せば甘露を流し込みやすいから、こんな形で男の初めてを奪っちうまうけど、悪く思わないでおくれよ」
酒に含まれていたもののせいで身動きが取れず、それでいて体が昂ぶり、天照は豊受のなすがままにされた。
◆
行為が終わった後、豊受は甘露による時間の巻き戻しで呪力の鎮まった天照を風呂に入れ、彼女の体を洗ってやった。
「のう、豊受……」
「何だい?」
「母上も今回のように呪力が荒れ狂ったから、父上と一緒にいられなくなったと聞いておる。しかし、お主たちはこうしてわたしたちの力を鎮めた。何故に母上の時はそうしてくれなかったんじゃ?」
素戔嗚と天斑駒たちが取り押さえられたことも、天照は豊受から聞き及んでいた。
だからこそ、彼女は素戔嗚尊と同じ疑問を抱いた。
伊邪那美のことはわざと見捨てたのではないか?
「アンタたち姉弟はアタシたちのことを本当に買ってくれてんだねえ」
天照の問いに豊受は苦笑した。
「いや、若い子はみんな可能性ってもんをとことん信じてんのかね」
寂しげな表情が豊受の顔に浮かんだ。
「天照、必ず出来ると諦めないことも大事だよ。でもね、諦めるってのも同じくらい大事なのさ。どっちも難しいことではあるけどね」
「諦めることのどこが難しいんじゃ?」
「アンタが伊邪那美のことを諦めるのは難しくないのかい?」
「……」
「ずっと諦めないでいるのも苦しいけど、無くしたものを振り返らないって決意するのも簡単じゃない。けど、取り返しの付かない過去にいつまでも囚われてたら、目の前にあるものを取り逃してしまう。今日のためにアタシたちは昨日への想いを断ち切った」
大切なものを逃がさぬとでも言うように豊受が天照を強く抱き締めた。
「この日のために、伊邪那美に起こったことを繰り返さないために、アタシたちはあの子を諦めた。取り分け高皇産霊と神皇産霊は断腸の思いだったろうよ。完全に黄泉神になっちまったら、どうしようもないのを誰よりも分かっていたんだからね」
豊受の腕に天照は無言で手を触れた。
◆
天照が豊受に伴われ、店の外に出ると、そこには天津神たちが詰め掛けていた。
天照は今回の騒動において張本人の一人だったが、天津神たちに彼女を非難しようとする様子は見られなかった。
天岩戸で呪力を同調させた結果、天津神たちは天照が誓約の際に素戔嗚の悲しみを分かち合ったようにそれをなしたのだ。
「天照……」
神皇産霊が天津神たちの中から進み出た。
天照は皆を困らせた引け目から歩み寄るのをためらったが、豊受に背を押された。
神皇産霊の両腕が天照を包み込んだ。
「良かった、無事で……」
おずおずと天照が抱き返した。
背に回した手へ伝わる感触から神皇産霊の震えているのが分かった。
どうして気付かなかったのだろうかと天照は訝った。
彼女もまた何かを抱えていたのだ。
そうでありながらそれを省みるよりも自分たちのために尽くしてくれた。
胸に抱えられる何かの重みを知ったからこそ天照は堪らなく辛かった。
「あ、あぁ……」
その思いが涙となって零れた。
「あぁあああうぅ!」
緊張の糸が切れ、彼女は泣きじゃくりながら神皇産霊に抱き付いた。
「ごめんなさい、ごめんなさいっ……ごめんなさいぃ……!」
「貴方の母上にも似たようなことをしたものです」
神皇産霊の言葉には確かな温もりがあった。
母は見捨てられていなかった。
それに安堵して天照はやがて眠りに落ちた。
典拠は以下の通りです。
天照大御神が男女の二根を具えている:『日諱貴本紀』
豊受大神と天照大御神とが同じ布団の中で交合する:『麗気記』




