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日本神紀  作者: flat face
巻第二 神祇本紀 天照と素戔嗚
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第二十六段 千剣破

 高皇産霊が竜巻を受けてしまうと、それに驚いた神皇産霊も、天斑駒の噴く火炎に曝された。

 高皇産霊を援護するために意識をそちらへと向けており、彼がやられて動揺したので、天斑駒への注意が疎かになってしまったのだ。

 丸焦げになるのは何とか避けられたが、それでも、深手を負って膝を突いた。


「俺たちの目に入る光もねじ曲げたか」


 再び姿を現した素戔嗚に高皇産霊が言った。

 目は光の反射によってものを見た。

 その光を素戔嗚は呪能によってねじ曲げ、自身の姿を消してみせたのだ。


「無念だ」


 起き上がろうとしながら高皇産霊が呟いた。

 素戔嗚は高皇産霊のところに近付いていった。

 その前まで来ると、彼は止めを刺すべくまた風を渦巻かせた。


「お前に経験があれば、更に楽しめたものを」


 強烈な発光が素戔嗚の目を眩ました。



 飛神明の爆炎に巻き込まれたが、国之常立は微笑んでいた。

 大地のごとく頑丈であるがゆえに致命傷とならなかったこともあったが、理由は他にも挙げられた。

 相手が罠に掛かった。


「やると思ってたよ、天照」


 豊受が呪能を発動した。

 彼女は甘露が浸透した対象の時間を巻き戻せた。

 今の国之常立には甘露が浸透しており、その呪力には天照のものが融合していた。


「アンタへの対策は十二分に練ったさ」


 それゆえ、巻き戻される呪力に引っ張られ、天照は天岩戸で最初に豊受たちと出会したところに移動させられた。

 そのような跳躍が出来たのも、天照の呪能が瞬間移動であったからだ。

 突然の事態に天照は驚いたが、危害を加えられそうになっているわけではなかったので、呪能が自動的に発動されることはなかった。


「これでやっと届く距離に来よったわ」


 そして、黒眼鏡の神人がそう言うと、世界が色を失い、彼以外の動きが停止した。


「時を止められるっちゅうても一呼吸くらいやからな」


 呑気そうに構えながらも黒眼鏡の神人は機敏な動きで天照へと近付き、彼女の腹に拳を叩き込んだ。


「がっ!?」


 世界が色を取り戻し、時間が再び動き出すと、天照は腹部に激痛を感じながら崩れ落ちた。


「術式を練るための経絡がやられてるさかい、暫く呪能は振るえへんで」


「な、何者じゃ、お主……?」


「水蛭子」


 見知らぬ黒眼鏡の神人に天照が誰何すると、返ってきたのは伊邪那岐と伊邪那美の長子にして天照の長兄たる神人の名前だった。



 素戔嗚とて光の反射でものを見ていた。

 それゆえ、目に入る光の運動はねじ曲げていなかった。

 高皇産霊はそこに付け込み、ただ単に光を強烈に輝かせた。


 それに素戔嗚が目を眩ませたのは一瞬だったが、文字通り光速で呪力が放たれる高皇産霊には十分だった。

 光の礫が素戔嗚に雨霰と浴びせ掛けられて爆発した。

 その猛攻に素戔嗚が呪能を振るおうとしたが、高皇産霊が光の矢で追撃し、風は千の剣のような竜巻となる前に四散させられた。


 姿を消そうにも高皇産霊の方が術式を練るのが早く、素戔嗚は手も足も出なかった。


「伊邪那岐と伊邪那美がお前たちを鍛えてやっていたなら、もっと面白くなっていたのだがなあ」


 残念そうに高皇産霊が述懐した。

 それは心からのものだった。

 しかし、そうであるからこそ高皇産霊の言葉は素戔嗚の逆鱗に触れた。


「一体どの口が……」


 怒りが痛みを超え、光の猛攻に怯むこともなく、素戔嗚が周囲に風を集め始めた。


「そんな戯れ言をほざく!」


 どうして母を見捨てた?

 妣国に去った彼女にどうして手を差し伸べられてやれなかったと言うのだ。

 お前たちが命じた国生みのせいで父は愛する妻を失ってしまったのではないのか。


「お前たちに何が分かる!?」


 邪魔をするんじゃない。

 そのような資格がお前たちにあるわけないだろうが。

 悲しみを知らぬお前たち天津神に。


「分かってもらおうとするな」


 剣呑な笑みを浮かべて高皇産霊が応じた。


「何も伝えずに望みを叶えてもらえるなどと思うな。お前の存在を全力で他者に叩き付けろ。どのような形であれそうでなければ人は動かん」


 強まる風圧に高皇産霊は胸を躍らせていた。


「そんな訴えすら出来んようではお前の母も動かんだろうよ」


 そして、引き金となる挑発を敢えてなした。

 風力が一挙に高まった。

 巨大な嵐が渦を巻き、真正面から高皇産霊に叩き付けられようとした。


 高皇産霊は巨大な光の投槍を作って迎え撃った。

 神皇産霊も周囲に被害が出ぬよう闇の穴を展開させた。

 暴風と光の爆発が激突し、凄まじい衝撃が周りを圧した。


 吹き飛ばされまいと必死に抗いながら、神皇産霊は闇の穴に衝撃を吸収させた。

 やがて圧力が弱まり、余りの衝撃に閉ざされた視界も開けていった。

 辺りを見渡せば衝撃で気絶した天斑駒たちが倒れ伏し、素戔嗚もぼろぼろになって天を仰ぐように倒れていた。


「……前にも父者にこのような風に負かされた」


 素戔嗚の呟きに高皇産霊が問うた。


「伊邪那岐とはどのように勝負したのだ?」


「片端から呪力を分解されて後は殴り合いだ」


「それがお前をここまで押し出したのかも知れんな」


 高皇産霊は哄笑しながら素戔嗚を助け起こしてやった。


典拠は以下の通りです。


水蛭子神が天照大御神の下に参る:『古今和歌集序聞書三流抄』

天津神たちが素戔嗚尊を打ち破ったことが「ちはやぶる」の語源になっている:『太平記』


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