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日本神紀  作者: flat face
巻第一 陰陽本紀 伊邪那岐と伊邪那美 序を併せたり
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第十段 神産み

 迦具土はすくすくと育っていった。

 自身が子作りの総仕上げということを察してか、些か責任感の強すぎる子どもに成長したが、それでも、親は子を慈しみ、子も親を愛した。

 両親から溢れんばかりの愛情を注がれた迦具土が独り立ちするのも時間の問題だった。


(やっぱり少し寂しいかな)


 いざ巣立ちの日が近付くと、それまで多くの子宝に囲まれていたことから閑散とした空気が際立ち、伊邪那岐は一人で自凝島を散策しながら感傷に耽った。

 もっとも、巣立つ子どもたちの背中は頼もしかったので、嘆くことはなかった。

 寧ろ我が子の成長を見届けられたことに感謝した。


 だから、それが出来なかった水蛭子と淡島のことが思い出されて仕方なかった。

 今の自分なら彼らを迎えられるのではないか。

 そう思うぐらいには伊邪那岐も己の成長を自負していた。


「僕と伊邪那美は神の道を開き、仏法を広めることが出来たと思います。それを水蛭子と淡島の二人も交えて喜ぶことは許されないのでしょうか? どうか、伊邪那美に彼らを再び抱き締めさせてください」


 それ故に伊邪那岐は祈った。

 願いが如来へと届くよう口に出して。

 それが生きとし生けるものへ凶事をもたらす禍言になるとも知らないで。


「そうか、あれは仏法と言うのか」


「!?」


 突如、どこからともなくはっきりとした声が聞こえ、伊邪那岐は周囲を見回した。

 しかし、周りに伊邪那岐へ話し掛けるようなものは何も存在しなかった。

 音の素である空気の振動もなく、あたかも宇宙そのものが伊邪那岐の脳へ直接に声を流し込んできたかのような感覚に彼の背筋がぞくりと震えた。


「ああ、可哀想に。そのようなものに誑かされて」


 そして、伊邪那岐をより恐れさせたのは、その声が慈愛に満ちていることだった。

 しかも、その愛情は相手の意志と関係なく沼のように全てを呑み込まんとしていた。

 呑み込まれてしまったが最後、泥濘の中で腐っていくであろう予感に伊邪那岐は恐怖を覚えた。


「誰なんですか!?」


 それを振り払わんとするかのごとく彼は大声で誰何した。

 先方の名を問うて自他を区別しなければ、自我すら呑み込まれてしまいかねなかった。

 伊邪那美を忘れたくないという想いが伊邪那岐を踏み留まらせた。


「空亡、神の国の造物主である」


 神国の父祖を指す名。

 それが脳内に注ぎ込まれた瞬間、伊邪那岐は膝を屈しそうになった。

 いや、身に着けていた印文の勾玉が反応しなければ、彼は屈していた。


「ようやく表に出てきたか、空亡」


 印文から風が吹いて大日が現前しなければ。



 相変わらず声を発しても姿は見せないで空亡が大日に告げた。


「そちらこそやっと現れたか。俺はお前たちのことも哀れでならなかった」


「この大魔縁が吐かせ。貴様の次々に成り行く勢いは確かに見事だ。しかし、それはどこにも向かわず、そのようなものに付き合わされることこそ哀れだ」


「どうしてどこかへ向かわなければならない?」


 空亡の言葉は心から不思議そうだった。


「自ずから然う成るものに目的などないだろう。生成は稜威なるだけで素晴らしい。伊邪那岐、お前と伊邪那美の国産みにも惚れ惚れとさせられた」


 造物主から優しげに褒められ、嬉しく思うべきであるのかも知れなかったが、伊邪那岐は寧ろ怖気を感じた。


「これからもどこまでも続けていくと良い。そうなるよう稜威を与えよう。今は火の神人を育てているんだったな」


 耳を切り裂くような悲鳴が聞こえてきた。

 その声の主を伊邪那岐が聞き間違えることはなかった。

 伊邪那岐は空亡と大日とのことなど打ち捨て、慌てて八尋殿に駆け込んでいった。


「……なるほど、貴様は他を腐敗させるだけではなく、自らも腐っていたか」


「腐乱すれば蛆が湧く。それは一つの命が多くのものを産まれさせる生成だ。一が多に殖え、それがまた次々に成り行く」


 大日が独鈷を構えた。

 空亡の姿は見えなかったが、その位置を大日は仏眼で見抜けるかのようだった。

 独鈷が日輪の輝きを虚空に放った。



 悲鳴が聞こえる部屋へ近付くに連れ、吹き寄せる風の熱さが増していった。

 痛む肌から汗が噴き出て視界が歪み、息苦しくて頭もくらくらしてきたが、それでも、伊邪那岐は声が聞こえる方に向かった。

 そして、声のする部屋に辿り着くと、そこでは迦具土が悶えながら炎を燃え盛らせ、その傍では伊邪那美が倒れて苦しそうな呻き声を上げていた。


「直ぐその火を消すんだ!」


「消えないんだよ!」


 炎が伊邪那美を苦しめていると思い、伊邪那岐は迦具土に怒鳴ったが、迦具土は今にも泣き出しそうなほど取り乱して答えた。


「急に操れないぐらい力が強まったんだ。それに、母さんがいきなり苦しみだして……。炎に触れてもいないのに!」


 確かに彼は髪までもが炎のように赤く染め上げられていたが、伊邪那美は別に燃えてはいなかった。


「まさか……君も力が暴れ出しているのかい、伊邪那美!?」


「近寄らないで!」


 駆け寄ろうとする伊邪那岐を伊邪那美が制した。


「うん、迦具土の神威に当てられて……。だから、こっちに来ちゃ駄目。伊邪那岐もボクたちみたいになっちゃう」


「そんな……」


 そう遣り取りする間にも伊邪那美だけではなく、伊邪那岐からも神人たちが勝手に化生し、彼女が言う通り彼の力も暴走しつつあった。


典拠は以下の通りです。


大日如来が仏道の妨げをなす存在を葦原中国から追い返そうとする:『高野物語』


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