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日本神紀  作者: flat face
巻第一 陰陽本紀 伊邪那岐と伊邪那美 序を併せたり
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第九段 島産み

 伊邪那岐と伊邪那美が自凝島に戻ってくると、豊受は二人の様子を見て事情を察した。

 それゆえ、国産みを手伝うため、下拵えに他の島々に渡った。

 彼女は甘露の雨を降らせ、国産みの働きが十全に作用するよう島々の霊力を高めた。


「えっと、それじゃあ……」


 豊受が用意してくれた本膳料理を頂いた後、八尋殿の閨で寝床を前にして伊邪那岐がどぎまぎしながら言った。


「宜しく……ね」


 床盃を交わしたからとは言い訳できないほど顔を真っ赤にさせて伊邪那美が頷いた。


「あの時は勢いでやっちゃったけど、改めてやり直すとなったら恥ずかしいな」


「う~、顔どころか体中から火が出そうだよ」


 伊邪那美は両手で顔を覆って俯いた。

 その手を伊邪那岐が優しくどけた。

 伊邪那岐の手が伊邪那美の両頬を包み込み、二人は暫し見詰め合ってからゆっくりと唇を重ねた。



 自凝島に戻って伊邪那美が初めて産んだのは、淡路島の力を神として祀る淡道之穂之狭別島あはぢのほのさわけのしまだった。

 その名には水蛭子や淡島のことを忘れぬよう「淡」の字が入っていたが、能力の暴走することはなかった。

 続けて伊邪那美は伊予之二名島いよのふたなのしま隠伎之三子島おきのみつごのしま筑紫島つくしのしま伊伎島いきのしま対馬島つしま佐度島さどのしま大倭豊秋津島おほやまととよあきつしまを産んでいった。


 その子たちは大八島国おおやしまのくにと呼ばれ、島々の力を神として祀った。

 彼らの能力で島々は境を持つ一定の区域に統括され、国として確立した。

 次に伊邪那美は吉備児島きびのこじま小豆島あずきじま大島おおしま女島ひめじま知訶島ちかのしま両児島ふたごのしまたち六人の神人を産み、その子たちも島々の力を神として祀った。


 金剛杵の法力によるものか、島々が整序されて葦原中国が独鈷の形に固まってくると、彼女はそこで家に関わる七人の神人に加え、里を形作る七人の神人を産んだ。

 それが終わった後は、暮らしに関わる神人が産まれた。

 島産みおよび神産みを幾度も経験した伊邪那岐と伊邪那美は国産みにも慣れ、豊受はもう大丈夫であると判断して高天原に昇った。



 暮らしに関わる力を神として祀る神人も順調に産まれていった。

 子どもたちが両親に倣って子作りし、伊邪那岐と伊邪那美の孫も産まれ、神人を祀る二人の力が逆流したのか、他の国津神や天津神も男女の子作りで神人を産むようにもなった。

 そうして葦原中国の整序が進み、泥海の人魚や白蛇、泥鰌、鯱、鰻、鰈などを雛形に穀物から誕生せしめられた人類も陽気に暮らした。


(異邦でも国産みのようなことはしてるのかな?)


 自分たちのような夫婦が余所にもいるのかと思いながら、伊邪那岐は伊邪那美を見遣った。

 伊邪那美は桜色の着物をはだけ、また新しく産まれた我が子に乳をやっていた。

 その姿に伊邪那岐は何とも言えぬ清らかさと色っぽさを感じた。


 茶色い長髪を垂らした伊邪那美は清楚な少女のようでもあったが、それと同時に成熟した大人の色香を醸し出していた。


「もしかして伊邪那岐もおっぱい欲しいの?」


 それに伊邪那岐が見惚れていると、気付いた伊邪那美が悪戯っ子のように笑ってからかった。


「僕は赤ちゃんじゃないよ!」


「ほんとに~?」


「……今晩、飲んでみて良い?」


 視線を逸らしての呟きに伊邪那美は驚いて頬を染め、それから、どこか嬉しそうに苦笑した。


「気が済むまでどうぞ。赤ちゃんを羨ましがっちゃって。困ったお父さんなんだから、もう」


 確かに伊邪那美が子どもたちに掛かり切りで、嫉妬しているところはあった。

 それでも、ようやく子育てが一段落してきたので、これからは二人の時間を増やせそうだった。

 いっそ伊邪那美と共に高天原へ隠居しようかと伊邪那岐は考えていた。


 国として整序された島々は、肥えた土に緑が溢れ、河海や山野が広がり、そこでは魚や虫、鳥、獣、人、鬼などがそれぞれに住み処を持って日々を生きていた。

 その営みが伊邪那岐の目にはとても尊く映った。

 もし仏法とやらが生きとし生けるものを救う教えなのなら、ここにはもう広まっているのではないか。


(それを神々の力で成し遂げたんだから、神の道を開いたことにもなるし、命じられたことは全て果たしたはずさ)


 後事は子孫に託せば良い。

 神人は人間よりも成長が早く、既に伊邪那岐と伊邪那美の下から何人も巣立っていた。

 成長した子どもに事業を引き継がせることも、親の大切な役目だろう。


 そのような考えを伊邪那岐が話すと、伊邪那美は賛成して言った。


「どうせなら色んなとこを旅行してからにしようよ。海神国わたつみのくにとか常世国とこよのくにに一度は行ってみたいんだよね。あっ、後、根之堅州国ねのかたすくにとかにも」


根国ねのくに黄泉よみのようなとこじゃないか」


 伊邪那美が最後に挙げた地名に伊邪那岐は難色を示した。海神国は高天海原の海坂うなさかを降った先に、常世とこよは海原の遙か彼方にあった。根国は黄泉が黄泉平坂よもつひらさかを登った奥山の彼方にあるのに対し、坂を降った山中の地下にあった。


「この子が成長するまでまだもう少し年月が要るだろうから、行き先はゆっくり話し合って決めよっか」


「うん、時間はたっぷりあるんだし、何も急ぐことはないさ」


 子をあやす伊邪那美に伊邪那岐は頷いた。

 男の神人であるその子は火之迦具土神ひのかぐつちのかみと名付けられていた。

 迦具土かぐつちが神として祀るのは火の力だった。


典拠は以下の通りです。


豊受大神が水の働きを作用させる:『御鎮座伝記』

伊邪那岐神と伊邪那美神が三々九度の盃を呑む:『秀真伝』

葦原中国が独鈷の形をしている:『二所大神宮麗気記』

人類が泥海の人魚や白蛇、泥鰌、鯱、鰻、鰈などを雛形に誕生せしめられて陽気に暮らす:『泥海古記』

人間が穀物から生じる:『統道真伝』

伊邪那岐神の治世に鬼や人が増殖する:『九鬼文書』


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