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緑道

正面入り口左手の駐車場、そこに面した道を更に旧江戸川寄りに進んで行くと、右手に小さな門が現れる。

その門は普段閉まっていて通ることが出来ないのだが、時折、作業車が通るために開け放たれている事がある。そのタイミングで運良く通りかかることが出来れば、中に入れるようになっており、入るとすぐに道が左右に分かれている。右に曲がると海への入り口がある中心部に、左に曲がると緑道へと繋がっている。

夏場の緑道は虫達の楽園になっているため、とても通る気になれないのだが、今はもう冬のため緑道に曲がることを選んだ。

冬とはいえまだ初めの方で、木々の緑は完全に枯れきっているという事はなく、まだ十分に青々としていた。両側に生い茂る木々の間に一本、細い道が続いており、そこを真っ直ぐに進んで行くと右向きの曲がり道となっている。何処までも真っ直ぐに進んで行けないのは、県境でもある旧江戸川にぶつかってしまい、陸がそこで途切れているためである。

緑道を進み、その突き当たりを右に曲がる前に足を止めてみた。目の前には大きな水景色が広がっている。左手は旧江戸川、右手は海。わかっているのはそれだけで、その境目が何処にあるのか、明確な答えはわからない。二つは繋がっているのである。

どんな描写をしたらいいだろう。いや、どんな描写にも深い意味はないように思う。例えば、この上も無く洗練された文体で、書き手の目の前にある海を描写したとして、読む人の頭には何が思い浮かばれるだろう。少なくとも書き手の目の前にある海ではないはずで、おそらくは、それを読む人が今まで見てきた海や、書いてあることを元に思い起こされた、全く新たな海に違いないのだから。だからこそ目の前のものを、ただ感じたままに綴ればよいのだと思う。その先の事など、私にはわからない。


左には川、その向こうの新たな陸と立派な建造物。右には海、その向こうにも陸があるのだろう、水面の遥か彼方、今は小さき建物の群れ。

後には空、果てしなく続くのであろう、大きな空。白い雲。太陽。青。ー


右に進んで行くと緑が深くなる。だんだんと海の方へ近づくにつれて、より深く園内に入っていくためである。

さらに進んで行くと、もう一度右に曲がる様に道が続いており、そこを曲がると少し開けた場所が現れる。目の前の海とも川とも言えない水景色の広がりが、ここは一層美しい。

四本のレンガ調の柱に囲まれた座って休める場所が用意されており、その上部には鉄柵が組まれている。鉄柵には草木が絡み付いていて、それは屋根を成す程に茂ってはいないが、それでも他の木々達との兼ね合いもあり、その場所にだけ見事な日陰をつくっていた。それがとても印象的だった。

私は突っ立ったまましばらく景色を眺めていたが、そこには座らず、また道を歩き始めた。


先にはS字にうねった石段の道が続いており、右手には木の壁が現れる。鳥類を観察するために造られたその人工の壁には、いくつかの覗き穴が空いており、それが先の景色を僅かに切り取っていた。

私は壁に近づき、穴を覗き見る。中には大きな池が広がっており、その周りを草木が覆っていた。辺りに風はなく、水面に動きは見られない。池は色彩に乏しく、何か物寂しい気配を感じさせた。冬場だからであろうか、鳥達の姿を探してみたが、はっきりと形を確認出来るものは一羽も見付からなかった。ー


私は穴から目を離し、再び道の先に視線を向けた。

ふと子供の頃、日が暮れた近くの川で、自分の身長程もあろうかと思われるサギを見付けた事を思い出した。普段見たこともないような大きな鳥を、ほとんど暗闇に近い中で見付けた衝撃に、一瞬たじろぎ足を止めたが、結局、好奇心が勝り近づいていった。

サギは私が近づく度に遠ざかり、また近づいては同じだけ遠ざかりを繰り返し、やがて空へと飛び立っていった。羽を広げた姿がまた更に大きく、衝撃を受けた。

家に帰り家族に「鶴を見た、鶴を見た」と興奮しながら伝えたが「この辺りに鶴など、いるはずがない」と言われ心細くなった。当時の私にとって、その時見たものは余りにも非現実じみていて、家族が言うように、この辺りに鶴などいるはずがないのなら、あれは幻想だったんだと思う方が何だかしっくりくるような、そんな気がした。

それがサギという名の鳥であることを知ったのは、しばらく経ってからのことだった。ー


この道が大きな弧を描いているのは、池に面しているためだとわかった。海、川、池に隣接し、その間に道が通してある。


まだ、うねりの続く道を更に歩いて行く。途中、右手に池の方に向かう小道があったが、緑が深くて進む気になれなかった。

更に歩くと両手の緑は開け、舗装された道に出る。右手には水族館の建物が林を隔て、頭だけ覗かせていた。その場所には一つ思い出があったように感じたが、何故だか今は思い出したくないような、そんな気分だった。

舗装された道を逆らわずに進んで行くと、左右に分かれた道にぶつかる。そこを右に曲がると最初の門の方へ向かうことになる。つまり外から門に入る時に、左の緑道に入らず、右に曲がっていれば、しばらくしてここに着くようになっている。

私は門の方には進まず、更に園内へと入っていく。しばらく歩いて行くと、もうそこに見える水景色は、いつの間にか紛れもなく、海と呼べるものに変わっていた。

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