99 魔王、光の秘密を探る
「あと、この方法は欠点も持っている……」
「どういうこと? ママの体にダメージがあるの?」
「この技は咆哮という名前のとおり、魔法の力を無効化する特殊な声で絶叫するものだ。なので、夜に使うと大変な近所迷惑になる……。無論、そんなことは言ってられんのだがな」
「そんな場合じゃないわよ! すぐやりなさいよ!」
「あらまあ。じゃあ、明日の朝まで待つしかないわね~」
「ママ! そこは悠長なこと言ってちゃダメよ! 早目に解除してもらって!」
アンジェリカがツッコミを入れた。
レイティアさんには光は何の被害もないようだが、放ってはおけない。こんなに光ってたら睡眠の質も下がりそうだし。
ワシは席を立った。よく響く声を出すには座っていてはいけないのだ。
それから、「あ、あ、あ、あ~、ああああ」と軽く発声練習をやる。
「もったいぶらずに早くしろ。歌手じゃないでしょ」
歌手じゃなくても寝起きだし、声の調節はいるのだ。ふざけているのではない。
「二人とも、耳はふさいでおいてください。うるさいので。聞こえた範囲しか効きませんが、この家の中で聞こえないことはありえないんで大丈夫です」
ワシの説明に二人は耳をぎゅっと押さえた。
「それじゃ、いきます」
ワシは息を大きく吸い込むと――――絶叫した。
「くああああああああああああああっ!」
がたがたと窓が揺れた。むしろ、壁ごと壊れたりしなくてよかった。
テーブルは少しばかり横に動いていた。
食器がいくつか落ちた音がしたが、皿が割れたりしたわけではないようなので問題ないだろう。
咆哮のほうは無事に終わった。
アンジェリカはテーブルにおでこをつけて倒れている。
「声が大きいっていうのもあるけど、変な声だわ……。新種の鳥が現れたのかと思った……」
「変な声だから、意味があるのだ。あんまりワシが使わなかった理由もわかるだろ。さてと、レイティアさ――」
レイティアさんのほうに顔を向けたところで言葉に詰まった。
いまだに発光は止まっていない。
室内をまぶしく照らしている。
「光、消えないわねえ。どうなってるのかしら」
「原因が魔法ではないことだけはわかりました。でも、だとしたら、何なんだろうか……」
さっきから消去法を続けているが、答えにはたどりついていない。
「魔法じゃないとしたら、ママに不思議な力が備わってるってことなのかしら?」
アンジェリカも結論は出せない。不思議な力といっても、それはどんな力なのか。
しかし、変化はあった。
レイティアさんではなく、ワシのほうに。
「やけに体がだるい……徹夜の時に来る疲労とはまた違うような……」
視界の中のレイティアさんが大きく動いた。
ということは――ワシのほうがぐらっときたということだ。
ワシはその場で膝をついた。
一種の立ちくらみか? そんなに程度の重いものではないが、力がふっと抜けた感じはあった。
レイティアさんがさっとワシの横にやってきた。
「あなた、どうしたんですか? 今の絶叫で疲れたのかしら?」
ああ、やっぱりレイティアさんはやさしい。
その慈悲の心に、光り輝く姿は適材適所とすら言える。
けれども、レイティアさんがワシの腕をとった時――
さっきよりも強い立ちくらみみたいなのが来た!
意識が飛んだりまではしないが、体力を消耗させられている気はする。
よもや、よもや……。
この光を浴びたからなのか!?
わかった。ワシが不調になった原因はこの光だ!
「ガルトーさん、さっきよりつらそうね。どうしましょう……。しばらく、わたしが抱えていたほうがいいかしら?」
それはうれしいが、永久に回復しない気がする。
「おそらくですが……ワシの体調不良はの理由は……この光です……」
致命的な力まではないが、じわじわとこちらに効いている感じがある。
毒の沼に足を突っ込んで、じっと立っているみたいというか。
「この謎の光……魔族には有害かと思われます……うぅ……頭痛が痛い。腹痛が痛い……」
思考がとりとめもなくなり、発言も頭が悪いものになってきた。
「あら、じゃあ、近づいてはいけないのね。アンジェリカ、わたしの代わりにガルトーさんを立ち上がらせて」
「ママ、すごいじゃない! 魔王を倒すだなんて勇者そのものだわ!」
お前な……そこはレイティアさんを褒める前にワシの心配をするところだぞ……。
テーブルから離れた椅子に座ったら、体も回復してきた。
やはり、光を至近距離で浴びたかどうかで影響に差があるらしい。
「あっ……。ほら、とくに病気というわけではないのだが、脇腹のあたりがなんとなく痛い時があるだろ。あの程度の苦痛に収まってきた」
「たとえがわかりづらいけど、軽くなってはきたのね?」
ワシはこくりとうなずいた。
それと、ワシが平生を取り戻したのとほぼ同時に、もう一つあることが起きた。
レイティアさんの光が弱まって、消えたのだ。
それに合わせて、部屋も暗くなっていくので、光の変化は誰しもすぐにわかった。
「消えちゃったわね。真っ暗だわ。ランプをつけないといけないわね」
「ママ、ランプをつけるまで、発光したりとかできない?」
アンジェリカ、母親を便利に使おうとするな。
もっとも、そのアンジェリカの間の抜けた反応は不安の種が減ったということを意味してる。
「ちょっとだけど安心したわ」
アンジェリカがランプに火を入れながら言った。
「ママがなんで光ってるかはわからないままだけど、魔王を衰弱させていたとしたら、聖なるものであるのは、ほぼ確実だわ。それなら、本人に被害があることもないはずよ。神の奇跡みたいなものじゃないかしら」
「理窟はわかるが、納得はしづらいな……」
ワシも真面目に生きてきたのに、どうして聖なる光で苦しめられないといけないのだ。
もっと悪い奴はこの世にいると思うので、そういう奴から苦しめていってほしい。
「ううん。でも、ガルトーさんに被害が出るのはよくないわねえ」
「そうそう! 魔王にも慈愛の手を差し伸べる――そんな素晴らしい心をママは持ってるから、光が宿るのよ!」
「その理屈もわかるけど、ワシに救いがないぞ!」
レイティアさんの心が清らかであればあるほど、ワシが不利益を被るという絶望的な話になる。
「まっ、原因究明はすぐにはできないと思うけどさ、魔王はママと違う部屋で寝ればいいんじゃない? これまでも、ママが夜にいつのまにか発光してて、そばにいた魔王がじわじわ体力か精神力を削られたんでしょ」
「…………だな」
また、レイティアさんとの間に距離ができてしまった……。
こんな家庭内別居みたいな事態は早く解決しなければ!
2月19日、ガガガブックス2巻発売ですっ! なにとぞよろしくお願いいたします! 内容的に死んだ妻ササヤと会うところまでは入ります。ササヤのイラストもつく予定です!




