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96 魔王、衰えにショックを受ける

 ワシはちょっとショックを感じた。

 本当に老いで能力が落ちてきているのか?

 いやいや、偶然だ。チェックが多い書類が回ってきていただけだ。書類の内容によって進捗ペースに変化だって起こる。それだけのことだ。


 だいたい、老いというのはもっとゆるやかに進行するものだろう。ペースが落ちてきたという話は、この何か月かの話のはずだ。なので、年齢的な問題ではない。


「魔王様、寝不足だったりしますか~」

 今度はフライセに聞かれた。


「わたしが働きだした時と比べても、作業量が落ちてる気がしますよ」

「寝不足なんてことはないと思うが」

 何かに気づいたという顔で、「あっ!」とフライセが声を上げた。


「どうした? 目に見えるような原因があるのか?」


「もしや、浮気ですか? 不倫ですか? それで寝不足なんですね!」

「違うわ! ワシはレイティアさん一筋だ!」


「そういうのは、フライセとやってもらわないと困りますよ! ほかの誰かと浮気されても意味ないんですから!」

「キレ方がおかしい! あと、浮気なんてしてないわ!」


 そこで、なぜかトルアリーナが舌打ちした。

「じゃあ、奥さんとしっぽりやってるってことですね。爆発してください」


 ワシ、やけに理不尽な仕打ちを受けてるな……。


 だが、能率が落ちてるトルアリーナに迷惑をかけているのは事実だったので、あまり強く反論できなかった。

 生活に何か要因がないか、ちょっと意識的になってみるか。



 ワシは休憩時間を削って仕事の穴埋めをして、定時に帰宅した。

 だらだらと残業するのはよくない。あと、レイティアさんのもとに一刻も早く帰りたい。


「あら、ガルトーさん、おかえりなさい。今日は魔族の味付けのシチューですよ~」

 レイティアさんがお出迎えしてくれる。これだけで仕事の疲れも吹き飛ぶというものだ。

 まだまだ新婚と言っていい時期だ。結婚生活の中で最も幸せな時期でもる。


「ありがとうございます。ですが、無理に魔族の味付けにしなくても大丈夫ですよ?」

「ガルトーさんの故郷の味も覚えたいんです。レパートリーが広がることは悪いことじゃないですしね」

 なんと慈愛に満ちた言葉だろうか。レイティアさんは本当に天使のような人だ。やはり、ワシにはレイティアさんが光り輝いて見える!


 ただ、夕飯前にはまだ一仕事ある。


「魔王、剣の特訓するから付き合って」

 アンジェリカが部屋から出てきた。

 そう、娘の特訓の相手をするのも、親として大切な仕事だ。

「わかった。用意をするから、ちょっと待っていろ」


 アンジェリカも他国の勇者と戦う機会があって、もっと強くならなければと思ったようで、前より気合いが入っている。

 他国の勇者には魔族の装備を着込んで勝ったのだが、さすがにそれでは満足しなかったようで、次はショボい装備でも勝てるぐらい強くなりたいらしい。


 勇者が立派な装備をしているのは、ある種当然だが、魔族用の装備だから、手放しで喜べない部分はあったのだろう。


「束縛の樹」で囲まれている庭で、お互いに木の剣で打ち合う。

 樹木のせいで圧迫感はある。だが、後ろに下がりすぎると拘束されてしまうので、安易に下がれない分、特訓向きの場所ではある。戦場は時に落下すると死ぬような場所でも行われるからな。


「いくわよ、魔王! たあっ! とぅっ!」

「まだまだ! もっと攻めの姿勢を見せろ!」

 普通の人間であれば、勇者や魔王に木の剣で叩かれても、真剣と同様に死ぬと思うが、そこはワシだけでなくアンジェリカも鍛えているので稽古が成立する。


「アンジェリカ、隙が多いぞ! 攻撃に移るタイミングが見え見えだ!」

 ワシはアンジェリカの剣を軽々と自分の剣で受ける。

 決して、後ろには下がらない。そう簡単に攻めには持ち込ませない。


「なんの! これからよ!」

 アンジェリカも果敢に攻め込んでくる。

 ワシも同時に攻めかかる。圧力をかけていって、その場を制した者が勝つ。


 いつもならワシの攻めに耐えかねて、アンジェリカが一度退くところだ。それで「束縛の樹」のところまで押されることはなくても、防戦に回ることになる。


 だがその日はアンジェリカの体が前に伸びるように見えた。

 ワシの剣とアンジェリカの剣がぶつかっても退かない。

 むしろ、そのまま押し込むように次の一歩を踏み出してくる!


 ――バシィィィン!


 アンジェリカの剣がワシの腕を打っていた。


「おおっ。決まったか! やるではないか!」

 腕に痛みは走るが、不快感はない。

 純粋にアンジェリカの成長がうれしかった。


「一皮むけようと頑張っている成果だ。隣国の勇者と戦うことになったのも無駄ではなかったな!」

 しかし、アンジェリカのほうは気まずそうな顔をしている。

 手加減されたとでも思っているのか? そんなことはないぞ。


「あのさ……魔王、私の口からはけっこう言いづらいんだけど……」

「なんだ、お前が遠慮するようなことなどないぞ」

 言いづらいことだろうと、隠したままにされるよりはずっといい。


「魔王、以前より弱くなってるわよ」

 心配げな顔でアンジェリカは言った。


 脳裏に今日のトルアリーナの反応が蘇った。

 衰えているのか、ワシは……?


「なっ! そ、そんなことは……ない……はず。あくまでも、これはお前が成長した証し…………のはず」

「ほら。いまいち自信がないというか、むしろ心当たりがあるよなってわかってる反応じゃない。自覚症状あるわよね?」


 ここまで自分以外が同じ反応をするということは、常識的に考えれば自分以外の側の反応のほうが正しいと判断せざるをえない。


「集中力が落ちてる気がするわ。前だったら、こんなにあっさりふところまで踏み込むことはできなかったもの。今日の魔王は圧迫感がなかったわ。私に競り負けてた」

「実は、職場でも似たようなことを言われてな……。その時は一笑に付していたのだが……」


 ワシはがくっとうなだれて、その場に座り込んだ。


 もしや、今の家庭が幸せすぎて、急に老いたとか? 幸せ太りならぬ、幸せ老い? 肉体がもう休んでもいいんだと認識したとか? まさか、そんな話、聞いたことはないぞ。


 かといって病気でもない。なにせ、魔王というものは病気に負けるほど肉体が弱くないのだ。どんな病原菌が来ようと、そいつのほうが死ぬ。


「職場で言われたって、職場では戦ってないでしょ? 事務作業しかしてないんじゃないの?」


 アンジェリカに弱音を吐くのは恥ずかしさもあったが、ワシはもろもろの事情を話した。

ニコニコ静画のほうで、コミカライズ2話も更新されています! よろしくお願いいたします!

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